2020年の今、ピークは過ぎたとは言え、全世界で新型コロナウィルスが猛威を振るっています。
この日本でも人々は自粛生活を余儀なくされ、コンサートや演劇、展覧会等の文化的活動がのきなみ制限されました。
少しずつ、自粛生活は緩和されてきましたが、今後人々の生活はコロナとの共生を視野に入れていかなければならないのは確実です。
このような状況の中、ボスニア内戦下における「サラエボ サバイバルガイド」を読むと、
人間にとって文化は人が生きるために必要不可欠なものだと思い知らされます。
決して“不要不急”なものではないのだと。
付録のFAMA制作による包囲下のサラエボの図
(盆地状のサラエボの街は戦車に包囲され、特に見晴らしのいいところには狙撃兵がいます。
通りを行く市民は弾があたらないよう走っています)
1992年に勃発したボスニア紛争でサラエボの街は包囲され、爆撃や、狙撃兵の銃弾にさらされます。
1993年、サラエボのプロデューサーグループFAMAはアーティストや知識人と協力し
「サラエボ サバイバルガイド」を発行しました。
(日本語版は「サラエボ旅行案内」として1994年発行)
本書には悲惨な写真、目を覆いたくなる残忍な写真も掲載されています。
現実に起こったことの記録であり、この本の発行はサラエボの市民に何が起こっているのかを
全世界に知らせることに貢献しました。
本書はミシュラン社発行の旅行ガイドをまねたデザインで、旅行者に街を紹介し、交通機関、ホテル、タクシー、電話、食べ物、商店、暖房、飲料水、情報、電気、すべてが無い状況でどうやって生き延びるかをユーモアを交えて教えています。
「旅行者が持参したものは消費すること以外に、役に立つ情報と交換できる」
「電話が通じていないときは笑い飛ばす。しょっちゅう笑うことになるだろう」
「贈り物には完全に装丁された本(ユーモアのある本、詩集は除く)がお勧めだ。熱烈な愛を伝えられる。去年の冬はレーニンの本が良く燃えると分かったからだ」etc…
焼け跡で暖を取る市民
サラエボ旅行案内の目次
水を求めるサラエボ市民
サラエボの気候とありながら掲載されているのは爆撃の写真
「Sarajevo: Survival Guide」と日本版「サラエボ旅行案内」(三修社)
池澤夏樹さんは日本版のあとがきで
「本当に生きるか死ぬかの窮地に追い詰められた者にとって、
ユーモアは最後のよりどころ、命綱、緊急脱出装置になる…」
と書いています。
まさに現実はユーモアを紛れ込ませないと凝視できないものだと本書から感じられるでしょう。
本書を発行したFAMAを主宰するスアダ・カピッチさんは日本語版によせたあとがきで語っています。
全てのインフラが破壊され、人々は殺害されても、日に1000回に及ぶ砲撃を受けながらも
サラエボ市民は演劇、展覧会、コンサート、誕生祝、書籍の出版、大学の講義、スポーツ、私営ラジオの開設、新聞の発行…あらゆる文化活動を止めなかった。
知性や都市型の文化によって、人々は生き延びることが出来た。サラエボの人々は
食糧等を得るという生物学的サバイバルのために戦い、そして精神的サバイバルのためにも戦ったのだと。
ライブもクラシックコンサートも開かれた
展覧会 芝居 バレエのレッスン
海外ではアーティストや文化に携わる人々に対し、手厚い保障が迅速になされている国々があります。
残念ながら、今のところ日本はそうではありません。
音楽、演劇、文化、あらゆる芸術、芸能に関わる保障の無い職業の人たちは
ONLINEの可能性を模索したり、ぎりぎりのところで頑張っていますが限界もあります。
人はやはり、生身で触れ合うところから何かが生まれます。
コンサート・ライブ、お芝居は会場で演者と観客がお互いを体感することでより深まり、そこに文化の発展があるのではないでしょうか。
また、“ONLINE飲み会”も新鮮ですが、やはり飲食店で仲間同士、同じ場所で語り合う方が楽しい。これも大事な文化です。今、その文化の場を提供している飲食店が次々と閉店に追い込まれているのも悲しいことです。
アーティストが創り出す作品だけでなく、享受する側の内面にも生まれるものがあるはず。
人と人が触れ合う中で生まれたものが積み重なって未来への糧となるのでしょう。
文化を育てること、支えることは国の成熟度が問われているように思えます。
「サラエボ サバイバルガイド」はヤドランカと深い関わりのあるP3で翻訳され、1994年4月、写真展が世界に先駆け開催されました。日本版「サラエボ旅行案内」は同11月三修社より発行。
現在、入手しにくくなっておりますが、再販される際には改めてお知らせいたします。
日本版の「サラエボ旅行案内」の解説は作家の池澤夏樹氏、
監修はバルカン近現代史の第一人者であるヤドランカと旧知の柴宣弘氏(現東京大学名誉教授)によるものです。
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