前回に続いてサラエボ事件に関連したお話をしたいと思います。
映画「サラエヴォの銃声」が3月25日から新宿シネマカリテで上映されています。
ボスニア・ヘルツェゴビナ生まれのダニス・タノヴィッチ監督の作品。
彼は2001年にボスニア紛争を描いた「ノー・マンズ・ランド」で監督デビュー。
この作品でアカデミー賞外国語映画賞、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞、
カンヌ国際映画祭脚本賞など数々の賞を受賞。
その後に発表したいくつかの作品も多くの賞を受賞しています。
サラエボ事件から約100年。ボスニア・ヘルツェゴビナ国内には、民族、それぞれの立場から
プリンツィプをテロリストと見なす意見と、英雄と見なす意見の両方が存在するそうです。
映画では、このことを縦軸にサラエボ事件から100年目の記念式典当日、
ホテル・ヨーロッパを舞台に、そこに集まる人々をカメラが追います。
屋上で、VIPルームで、ロビーで、リネン室で、地下クラブで…。
人々の思いが錯綜し、過去と現在が交錯する。
そうして観客はボスニア・ヘルツェゴビナの現実を体感する。そういう映画。
多くのメディアで紹介されています。
また、この映画に各界の著名人も感想を寄せています。
その中に写真家、広川泰士さんのコメントも。
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「息つく間もなく引き込まれる。歴史、民俗、社会、男女…。
複雑な織物の様に展開する人間関係、何回も観たくなる。
きっと観る度に発見がある作品だと思う」
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広川泰士さんはヤドランカの写真を長年にわたり撮り続けてきました。
ヤドランカがその才能と人柄に信頼を寄せていた写真家です。
アルバム「Hvala フヴァーラ」ではジャケットの裏面や、ブックレットに
以前アルバムのジャケット撮影時に撮りためたものをご提供くださいました。
広川泰士さんは、こんな優しい顔をヤドランカから引きだしています。
また、映画「サラエヴォの銃声」では
ヤドランカの友人である国際ジャーナリストで元サッカー日本代表オシム監督通訳の 千田善さんが映画のパンフレットに
“サラエヴォの銃声の背後にあるもの”
というタイトルで解説を書かれています。
千田さんの解説によると、民族が違っても自動的に衝突するわけでなく
サラエボには「民族共存」の伝統があるとのこと。
オスマン帝国時代もイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ教徒が共存し、
現代のサラエボでも文化人、知識人はコスモポリタン的だそうです。
まさにヤドランカもそうでした。
この映画の出演者もセルビア人がムスリム人を演じる一方、その逆も。
俳優陣、スタッフにおいても多民族が「共存」しているそうです。
深刻なテーマをあつかっているけれど、この映画の制作を可能にしたのも
「共存の文化」がサラエボにまだ存在しているからだと千田さんは書かれています。
千田さんの解説を読むと複雑な背景がよくわかり、映画の深い理解の助けとなります。
そして、わずかな希望も感じさせられます。
お読みになることをお勧めします。
ヤドランカは生前、
ダニス・タノヴィッチ監督の「ノー・マンズ・ランド」は観るべき映画だと語っていました。
この監督の新作「サラエヴォの銃声」を彼女が観たら、どんな感想を聞かせてくれたでしょうか…。
映画「サラエヴォの銃声」公式サイト
http://www.bitters.co.jp/tanovic/sarajevo.html
日本コロムビア ご試聴・ご購入サイト
注:当コラム「アルバムこぼれ話」では、ヤドランカ来日初期にリリースしたアルバム名が
「サラエボのバラード」だったことから、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都SARAJEVOを「サラエボ」と表記しています。
映画名は邦題の表記のまま「サラエヴォ」としています。
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