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「Hvalaフヴァーラ」 アルバムこぼれ話 Vol.1〜 10
「Hvalaフヴァーラ」 アルバムこぼれ話 Vol.11〜20
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「Hvalaフヴァーラ」 アルバムこぼれ話 Vol.11
「俳句 HAIKU」 アドリア海で生まれたメロディ



  

  

ヤドランカは15歳の頃、母の買ってきた浮世絵に俳句が添えられた本を目にして
衝撃を受けます。

浮世絵の美しさと今まで知らなかったその表現方法に心を奪われ、
俳句の短い言葉の中に彼女は多くのものを感じ取ったのです。

当時まだ日本語を知らないヤドランカは
俳句をローマ字のまま暗唱して、その言葉の響きを楽しんでいたと言います。

15歳の感性が受け入れた日本の文化は、その後の彼女の人生を
日本へ、日本へと引き寄せてゆきました。

27歳の頃、どうしても大学で美術を学びたかったヤドランカは
サラエボ美術大学に入学します。
(この時、既にフィロゾフスキー大学で哲学と心理学を学んでいた)

  

忙しい大学生活を送りながら、ヤドランカは音楽家として
アーティスト活動も続けていました。

そんなある日、
ミツバチの生態を追ったドキュメンタリー映画の音楽を担当することに。

この時、少女時代に知った俳句の記憶が甦ります。
そして四つの句を歌詞にし、メロディを付けたのが「俳句HAIKU」という作品。

長原啓子さんの書かれた「アドリア海のおはよう波」によると
ヤドランカは、天気のよかった日の夕方、
ダルマチア(クロアチア共和国のアドリア海沿岸地方)にある家のテラスで、
ギターを抱え曲作りを始めたそうです。
陽が落ちても、石造りのテラスの壁にはまだぬくもりが残っていて、
それがギターをほどよくあたため、やわらかないい音が出たのだそう。

  

長原さん曰く

「昼間のターコイズブルーの海もすばらしいが
朝に夕に空と水平線と島影が織りなす色模様は
深い藍から浅葱色のグラデーション。
そこに朝陽のまたたき、あるいは夕陽の残照がオレンジ色に流れる。
― ああ、どこかで見たなぁ、この色 ―
と思うと、それが浮世絵なのである」

長原さんはアドリア海の色の表情を、
まるで浮世絵そのままの鮮やかな色合いだと感じたそうです。

ヤドランカも幼い頃から、アドリア海のこの景色を見てきたのでしょう。
長原さんが撮った夕暮れのアドリア海の写真を見て、
ヤドランカは「北斎の絵みたいだ」と言っていたそう。

  

ヤドランカの「俳句HAIKU」が生まれたエピソードは
「アドリア海のおはよう波 ヤドランカの音と光」に詳しく
書かれています。
ヤドランカを通して、改めて“日本を知る”
そういう本でもあり、読む人の知的な好奇心を刺激します。

  

ところで、
ヤドランカが「俳句HAIKU」を制作することになったドキュメンタリー映画では
若き日のエミール・クストリツァ(Emir Kusturica)も一緒に仕事をしています。
クストリツァは1995年、映画「アンダーグラウンド」で
カンヌ映画祭のパルムドールを受章した世界的な映画監督。

ちなみにヤドランカの友人で
ユーゴスラヴィアの歴史を研究されている山崎信一さんは
「映画『アンダーグラウンド』を観ましたか?ユーゴスラヴィアの崩壊を考える」
という本を越村勲氏と共著で書かれています。
複雑なユーゴ現代史について映画を読み解きながら語られた本です。
クストリツァ作品に興味のある人にも、
ユーゴ崩壊を多角的な視点で知りたい人にもお薦めです。

  

「俳句HAIKU」はヤドランカの代表作のひとつであり、
旧ユーゴの人達にとても愛されている作品。
次回も引き続き、この作品についてお話したいと思います。

  
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