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【リンク】 日本コロムビア ヤドランカHP

【コラム】 Vol.11 「俳句 HAIKU」 アドリア海で生まれたメロディ(2017.5.17更新) NEW!



ファンの方々へ

ヤドランカ・ストヤコヴィッチは5月3日の夜遅く、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのバニャルカにある病院で亡くなりました。
65歳でした。

日本時間5月3日19時頃、ALSによる呼吸困難のため救急車で病院に運ばれたのですが、そのまま息をひきとりました。
ヤドランカは人工呼吸器装着をなるべく先に延ばし、出来る限り自力で呼吸することを望んでいたとのことです。
ALSの治療薬が近い将来、開発されるだろうと本人も期待し信じていただけに
残念でなりません。

ヤドランカは2011年3月、クロアチアでの仕事の為ボスニア・ヘルツェゴヴィナに帰国した際ALSと診断され、そのままボスニアで療養生活に入りました。
療養中も楽曲制作、音楽番組のプロデュースや、若いアーティストへのアドバイザーとして仕事をこなし、多くの取材も受けておりました。
ヤドランカの闘病の姿勢は旧ユーゴスラビアの多くの人々に勇気を与えていたようです。
日本でもヤドランカ作品の企画が進んでいたところでした。

葬儀は現地時間 5月9日11時より バニャルカの国立劇場で故人をしのぶスピーチなどがあり14時から執り行われます。
生前お世話になった日本の方々、ファンの皆様、ヤドランカに代わり改めて御礼を申し上げます。

                        
2016年5月6日    
ヤドランカ スタッフ一同






【2017.7.24更新】



●今日7月24日はヤドランカの誕生日です。

彼女は亡くなっても彼女の思い出と作品は今も多くの人の心に 寄り添っています。
この写真は人を介してヤドランカのお母様(リュビッツァさん)の肖像画が 彼女の元に届いた時のものです。
内戦でサラエボの自宅を失い、思い出の品を全て失ったヤドランカにとって 嬉しい出来事でした。
ヤドランカとお母様、どこか似ていますね。
リュビッツァさん、ヤドランカさんを生んでくれて本当にありがとう!!



掲載情報

【2017.7.18更新】



●NHKテキスト「みんなのうた2017年8・9月号」に
「誰かがサズを弾いていた」の楽譜と歌詞が掲載!


本日7月18日発売のNHKテキスト「みんなのうた2017年8・9月号」に
「誰かがサズを弾いていた」の楽譜と歌詞が掲載されています。

演出家で元NHKエンタープライズ「みんなのうた」担当エグゼクティブ・プロデューサーの川崎龍彦氏による“みんなのうた探検記”ではヤドランカとの出会いや、作品について書かれています。

NHK出版 みんなのうたテキスト



「NHKみんなのうた 8-9月」でヤドランカの歌が再放送されます!

【2017.6.29更新】




「NHKみんなのうた 8-9月」で2011年に放送されたヤドランカの「誰かがサズを弾いていた」が再放送されることになりました。
どうぞお楽しみに♪

歌詞、楽譜の掲載されたNHKテキスト「みんなのうた 2017年8-9月号」は7月に発売されます。
改めてご連絡します。

http://www.nhk.or.jp/minna/songs/MIN201104_02/



バニャルカの町並み(Rimi Theodora Watanabe さん撮影)

【2017.6.19更新】



その他の写真はコチラ


バニャルカ(Banja Luka)はボスニア・ヘルツェゴヴィナの西北部にある同国で2番目に
大きな都市ですが日本から遠く、ヤドランカファンの多くの方がどんな町だろうと
ご興味を持たれていると思います。
先月ヤドランカのお墓を訪ねられたRimi Theodora Watanabeさんに、
バニャルカの町並みや、観光ガイドには載っていないような何気ないスナップ写真も、
差支えない範囲で送っていただけないかお願いしたところ、
何枚かの写真をお送りくださいました。
5月の19日の夕方から26日の昼までに撮影されたものとのこと。
バニャルカへはセルビア共和国の首都ベオグラードからバスで国境を越えられたそうです。
バスステーションとチケットの写真も送ってくださいました。
最後にRimi Theodora Watanabe さんの言葉を皆さんにお伝えいたします。
「私には母の想い出と共にヤドランカさんの唄声があります。
そしてヤドランカさんの唄声が似合う、バルカン半島でした」



Rimi Theodora Watanabeさんからのご報告

【2017.6.16更新】



その他の写真はコチラ


ヤドランカのファンのRimi Theodora Watanabeさんから
先月26日にヤドランカのお墓へ行かれた際、当H.P.にメールをいただきました。
ご本人のご了解を得て、ヤドランカの眠るバニャルカのお墓の写真と共に
メールをご紹介させていただきます。

「私の母は生前ヤドランカさんの歌声を聴きながら、涙していた事を覚えています。
私の家は昔ながらの喫茶店で、ジュークボックスが置いてありました。
命日には間に合いませんでしたが、昨日お花を手に会いにゆきました。
スタッフの皆さん、何時迄もホームページを更新して頂き、ありがとうございます」

親子二代にわたって、ヤドランカの歌が、その声が愛されている。
それはとても素敵なことだと思います。
Rimi Theodora Watanabe さん、当ホームページへのご連絡ありがとうございました。



ヤドランカへのオマージュ
松田美緒さんが歌う「アンジョ/マナ」

【2017.5.30更新】




先週の金曜日、下北沢で松田美緒さんのアルバム「エーラ」の発売記念ライブがありました。
アルバムには地中海全域の歌が中心に収められています。
ライブではヤドランカへのオマージュとして収録されている「アンジョ/マナ」も歌われました。
ヤドランカは2008年にスペインで“地中海の歌姫10人”のうちの一人に選ばれています。
光の中で空と海の青が溶け合うような松田美緒さんの地中海世界は、
彼女もまさにディーバであると感じさせるものでした。

ヤドランカもそこに居た。
そんな感じのするライブでした。



お墓参りのご報告

【2017.5.16更新】



ヤドランカと親交の深かった清水美穂さんが、先日ボスニア・ヘルツェゴヴィナのバニャルカへ
お墓参りに行った写真を送ってくださいました。
5月のバニャルカは日差しがとても眩しかったそうです。



ヤドランカのお墓

【2017.5.9更新】





ボスニアのバニャルカにあるヤドランカのお墓です。

ヤドランカの友人ブランカさんが命日5月3日に撮った写真を送ってくださいました。

お墓にはヤドランカが日本で元気に活躍していた頃、ファンの方からプレゼントされた
石のプレートが設置されています。

「これお墓に飾るんだって。な〜に考えてんだか」

そう言って当時、ヤドランカは大笑いしていたそうです。
まさか、その頃は自分が病に倒れるなんて想像もしていなかったでしょう。

この贈り物をヤドランカは大事に持っていて、2011年、一時のつもりで日本を発つ際に
友人に預けて行きました。
そして、昨年日本とボスニア、両国の友人の手でご遺族の元に届けられたのです。

残念ながら、ヤドランカ亡き今、このプレートを贈ってくださった方が
どなたなのか分からないのですが、はるばる日本から再びヤドランカの元に渡ってきた
このプレートを見て、天国のヤドランカは嬉しく思っているはずです。
そして日本のことや、その方のことを思い出していることでしょう。



ヤドランカが亡くなって一年

【2017.5.2更新】


その他の写真はコチラ


明日5月3日はヤドランカの命日です。
彼女の精神と遺した芸術は消えることはないでしょう。
その高い志と強さ、誰をも包み込む優しさを私達は忘れない。

昨年、5月9日にボスニア・ヘルツェゴビナのバニャ・ルカで執り行われた
追悼式と葬儀の写真をご紹介します。
この写真は在ボスニア・ヘルツェゴビナ大使館の香高さんにご紹介いただいた
日本への留学経験もあるスザナさんに後日、新たに送っていただいたものです。
ヤドランカの葬儀の際には現地情報のご提供など、お二人には大変ご尽力いただきました。
改めて感謝いたします。



松田美緒さんからヤドランカへのオマージュ

【2017.5.1更新】




ヤドランカが旅立ってから一年がたとうとしています。
改めて彼女が遺していったものの大きさを感じます。

4月19日発売のアルバム「エーラ」にヤドランカへのオマージュとして
「ANDJOアンジョ」と「MANAマナ」を収録された松田美緒さんから
いただいた言葉をここにご紹介します。

***************************************

Hvala, JADRANKA

アテネでレコーディング中に知らせが届いた。
胸のなかで懐かしいあの歌声が聴こえた。“Sto Te Nema”....
ヤドランカさんは、中学生の時に初めて長崎で観て、私の歌の原点になった人だった。
温かな声は歴史も自然も人の心もすべて内包して、絵も音楽も豊かで創造性そのもの。
コスモポリタンということを教えてくれた。うたは故郷と故郷をつなぐということも。
彼女の故郷を見たくて22歳の時にサラエボにも行った。内戦後の傷ついた町で、
仲良くなったミュージシャンのひとたちと明け方まで歌って踊った。
ヤドランカさんの歌をくちずさめば、すぐに誰とでも仲良くなれた。

彼女の「鮎かつぎ唄」「俳句」などの唄を聴いて、日本語の表現のイメージがぐんと広がった。
私が日本語のうたを探す原点もそこにあったと思う。
共演した思い出は宝物。
あなたは「マケドンスカ」ねえ、と言われたことも思い出す。マケドニア娘はバルカン半島で奔放で衝動的なイメージ。アレンジちゃんと考えなさいよ、とミュージシャンであることを教えてくれた。

今回、彼女がうたっていたマケドニアとブラジルの歌を録音した。
無限のキャンパスに世界中の愛のうたを描いたヤドランカさんへ、尊敬と感謝をこめて。
ヤドランカさんがいなかったらこんな歌を歌っていた私はなかった。
永遠にあなたの歌は胸にあります。

Ljubav
Mio


MIO MATSUDA official web site





掲載情報


【2017.4.25更新】


●音楽情報誌 月刊LATINA 5月号に松田美緒さんのインタビュー記事が掲載。

新アルバム「エーラ」にヤドランカへのオマージュとして
収録されたと「ANDJO」と「MANA」について松田さんは
「ヤドランカさんを知っている人だったら喜んでくれる曲じゃないかな…」と語っています。また、インタビュアーの真保みゆきさんは、この作品は地中海という”窓”を起点に言語の違う歌と歌、そのつながりをたぐり寄せていく松田美緒さんの歌世界の中でも白眉であると述べています。


LATINA Online




掲載情報


【2017.4.20更新】


●2017年4月20日発行のタワーレコードのフリーマガジンintoxicate Vol.127に最新アルバム「エーラ」についての松田美緒さんのインタビュー記事が掲載。
ヤドランカについて語られています。

栗本斉氏(旅・音楽ライタ―/選曲家)の、アルバム「エーラ」ではヤドランカに捧げたメドレーも印象に残るとの問いかけに松田美緒さんは、中学生の時に初めてコンサートを観て以来、ずっと影響を受け続けて来たことなどを語っています。


http://tower.jp/mag/intoxicate




松田美緒さんの最新アルバム「エーラ」
2017年4月19日発売!!
ヤドランカに捧げた作品2曲収録



【2017.4.18更新】


ヤドランカが古いマケドニア民謡を再構築した作品
「ANDJOアンジョ」のカヴァーと
ヤドランカも歌ったブラジル北東部に古くから伝わる歌
「MANA」が収録されています。

もうすぐ5月3日。ヤドランカが亡くなって一年がたとうとしています。
松田美緒さんのヤドランカへの思いは天国のヤドランカにも届くことでしょう。



[ → 詳細はこちら : more info.]



プログラムの写真はコチラ

『JASRAC ミュージック・ジャンクション 世界を旅する音楽 最終回』に於いてヤドランカの映像が紹介されニコニコ生放送で中継されました。


【2017.2.7更新】


2017年1月27日(金)JASRACけやきホールにて
『JASRAC ミュージック・ジャンクション 世界を旅する音楽 吟遊詩人の旅 ウクライナの音楽と文学』が開催されました。

ミュージック・ジャンクション ワールド・ミュージックのシリーズは今回が最終回でした。



[ → 詳細はこちら : more info.]



掲載記事はコチラ


ヤドランカの個展に訪れたオシム夫妻
「アドリア海のおはよう波」より
ヤドランカの友人イヴィチャ・オシム氏が
旭日小綬章を受章



【2016.12.15更新】


今年の秋、ヤドランカの友人でサッカー元日本代表監督イヴィチャ・オシム氏が旭日小綬章を受章されました。
12月10日サラエボのオスロボジェーニ紙に日本大使館での贈呈式の記事が掲載されました。

オシムさんは奥様のアシマさんと一緒によく日本でのヤドランカのコンサートや 個展にみえていました。
互いに日本を愛した者同志。
受章を天国のヤドランカも祝福していることでしょう。

ヤドランカともオシムさんとも親交の深い国際ジャーナリストの千田善さんがご自身のfacebookに載せた記事の要約をご紹介します。





[ → 詳細はこちら : more info.]




※岩手日報(2016年7月30日掲載)
掲載情報


【2016.8.25更新】

●2016年7月20日に共同通信から配信されたヤドランカの追悼記事「追悼メモリアル」の掲載記事と掲載紙情報を改めてお知らせします。

7月27日…………河北新報
7月29日…………新潟日報
7月30日…………知新聞
7月30日…………岩手日報
7月30日…………長崎新聞
7月30日…………東奥日報
7月30日…………東京新聞
7月30日…………神戸新聞
7月30日……山梨日日新聞
7月30日……中日新聞夕刊
7月31日…………佐賀新聞
8月01日…………岐阜新聞
8月01日…………愛媛新聞
8月01日……大分合同新聞
8月20日…………四国新聞
8月22日………北日本新聞
9月01日…………埼玉新聞




掲載情報


【2016.8.24更新】

●2016年8月20日発行のタワーレコードのフリーマガジンintoxicate Vol.123に北中正和氏による〜包容力のある優しい歌たち 偉大なるシンガー・ソング・ライター最後のベスト〜と題された「Hvalaフヴァーラ〜ありがとうヤドランカ・ベスト」の記事が掲載されています。

文中、北中氏はヤドランカの音楽の魅力は限りなく優美な歌声にあったとお書きになっています。
氏の書かれたようにヤドランカの声は、類まれなるものでした。
波乱に満ちた人生を生き抜き、それでも変わらないヤドランカの包み込むような声。「Hvalaフヴァーラ」彼女の遺した声を多くの人に聴いていただきたいと思います。

http://tower.jp/mag/intoxicate


掲載情報

【2016.8.23更新】

●ステレオ9月号 増渕英紀氏による今月の話題盤[日本のポピュラー]に「Hvalaフヴァーラ 〜ありがとうヤドランカ・ベスト」が好意的に紹介されています。

http://www.ongakunotomo.co.jp/magazine/stereo/



掲載情報

【2016.8.10更新】

●2016年8月15日発行のミュージック・リポート誌に先日開催された「ありがとうヤドランカ展」についてと追悼アルバム「Hvalaフヴァーラ〜ありがとうヤドランカ・ベスト」の記事が掲載されました。



イヴィツァ・オシム氏からのメッセージ

【2016.8.9更新】

7月21日から4日間開催された「ありがとうヤドランカ展」の初日、 ヤドランカを偲ぶ追悼セレモニーが執り行われました。

セレモニーには、元サッカー日本代表監督のイヴィツァ・オシムさんから 追悼文が寄せられ、オシムさんの通訳をされていた国際ジャーナリストの千田善さんが、日本語に訳し読みあげてくださいました。

ここに全文をご紹介いたします。


<イヴィツァ・オシム氏からのメッセージ>

お別れの会にお集まりの日本の友人のみなさま
人間の死は誰にもやって来ますが、ふだん、そのことは忘れています。死は突然訪れて、私たちを驚かせます。しかし、ヤドランカほど多くの人びとを悲しませたものは、めったにないでしょう。私自身、自分よりも若い友人の訃報に大きな衝撃を受けました。
サラエボ生まれの私は、同じサラエボ生まれのヤドランカと、故郷を遠く離れた日本で親しくなりました。不思議で、そして幸運な縁を感じます。 ヤドランカの死は大きな損失です。日本にとっても、ボスニアをはじめとする旧ユーゴスラビアにとっても、本当に惜しい人を失いました。
サッカーを例に出すまでもなく、外国人の誰もが日本で受け入れられ、成功するわけではありません。彼女は日本のファンと仲間たち、友人たちから愛されました。彼女も日本を愛し、日本とヤドランカは「両想い」の関係でした。
このたび、彼女にとってボスニアに次ぐ第二の故郷といえる日本で、お別れの会が開かれるということは、ヤドランカがいかに愛されていたかの証明です。
日本の友人のみなさまに、心からのごあいさつを申し上げます。
ヤドランカよ、安らかに!

(2016年7月、オーストリア・グラーツ市より、イヴィツァ・オシム)



番組放送情報

【2016.8.9更新】

●2016年7月21日 文化放送「くにまるジャパン」で「ありがとうヤドランカ展」について、展覧会会場への電話による取材が生放送されました。番組では追悼アルバム「Hvalaフヴァーラ〜ありがとうヤドランカ・ベスト」から「アマリア」(歌・作曲:ヤドランカ 作詞:友利歩未)が放送されました。



掲載情報

【2016.8.8更新】

お知らせする日付が前後してしまいましたが、以下の新聞にもヤドランカについての記事が掲載されました。

●2016年6月3日 しんぶん赤旗にかつてヤドランカの通訳を務めたこともある田代忠利さんによる「ヤドランカさんをしのぶ」と題した追悼記事が掲載されました。ヤドランカの初来日時に彼女と共に浮世絵美術館を訪れた際のエピソード等が書かれています。

●2016年6月15日 日本とユーラシア誌(発行日本ユーラシア協会)に作家の渡辺一枝(わたなべいちえ)さんによる「人柄に惹かれた私」と題したヤドランカを偲ぶ記事が掲載されました。初めて訪れたヤドランカのライブで、彼女の声が心に響き、この歌にこの声に出逢えてよかったと感じたこと、そして親しくなるにつれヤドランカの人柄にも惹かれていったことが書かれています。



掲載情報

【2016.8.8更新】

●2016年7月20日に共同通信から配信されたヤドランカの追悼記事「追悼メモリアル」が「新潟日報」(7/29)東京新聞(7/30)「河北新報」「高知新聞」などに掲載されました。
※記事の写真はいずれも広川泰士さん撮影です。

●日刊レコード特信 2016年8月2日号に「ありがとうヤドランカ展」と追悼アルバム「Hvalaフヴァーラ 〜ありがとう ヤドランカ・ベスト」についての記事が掲載されました。




ヤドランカ遺影と供花

撮影:広川泰士さん
  全体デザイン:岡島太郎さん
7月21日〜24日まで開催された「ありがとうヤドランカ展」の写真をご紹介いたします!


【2016.8.3更新】


●2016年7月21日の模様はコチラ!

●2016年7月22日〜24日の模様はコチラ!




記事配信のお知らせ


【2016.7.29更新】

セルビアの公共サービス(旧国営)機関であるテレビ・ラジオ局「RTS」のウェブブページに「ありがとうヤドランカ展」のことが掲載されました。

記事には、ヤドランカを弔い、感謝を表すための展覧会&ライブ「ありがとうヤドランカ展」が4日間にわたって東京で行われ、大勢のお客さんが訪れたということ。

その他にヤドランカの生涯と音楽活動、日本に来たきっかけ、日本での活躍と実績、ヤドランカが日本を離れても彼女の日本語のウェブサイトが更新されていること。日本にもファンがいることなどが書かれています。




[ → 記事はコチラ]


記事配信のお知らせ

【2016.7.26更新】
●2016年7月20日に共同通信「追悼メモリアル」にヤドランカの記事が配信されました。
●2016年7月20日に追悼盤緊急リリースのお知らせが下記6サイトの他多数紹介されました。
music.jpニュース
OKMusic
レコチョク
UROROS
VEEMOB
listen musicβ



「ありがとうヤドランカ展」にご来場くださった皆様へ

【2016.7.25更新】
7月21日〜24日までの4日間、多くの方にご来場いただきました。
ヤドランカが遺した絵、そして彼女の友人のアーティストや研究者の方々によるライブやトークを楽しんでいただきました。

遠くから駆けつけてくださったファンの方、お花を届けてくださった方、
いろいろなヤドランカへの思いをメッセージに残してくださった方、
追悼盤「Hvalaフヴァーラ 〜ありがとう」をご購入くださった方、
皆さまの温かい気持ちはきっと天国のヤドランカに届いていることでしょう。

また、旧ユーゴ各国大使館の大使や関係者の方々もお越しくださって、
ヤドランカのことをお話しくださり、彼女が祖国の人達にどれほど愛されていたのかを改めて実感いたしました。
音楽業界、マスコミ関係の方も数多くお集まりくださって感謝しております。

国と国、民族と民族を繋いできた平和の象徴とも言えるヤドランカはこの日本でも人と人とを繋いでくれました。
ヤドランカの優しさを、その才能をみんなで分かち合いたいと手弁当で仲間が集まり、
この「ありがとうヤドランカ展」が開催できたのも多くの方々が助けてくださったから。
ファンの皆様の熱い思いがあったから。
皆さま本当にありがとうございました。Hvala!!

私達はこれからもヤドランカの素晴らしさを日本で広めてゆくために活動してまいります。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

                        
2016年7月25日
「ありがとうヤドランカ展」実行委員会一同


掲載情報

【2016.7.25更新】
●2016年7月22日の産経新聞に「ありがとうヤドランカ展」の記事が掲載されました。
●2016年7月22日の毎日新聞に21日の「ありがとうヤドランカ展 追悼セレモニー」の記事が掲載されました。



記事配信のお知らせ

【2016.7.20更新】
●2016年7月15日に共同通信社より、
「ありがとうヤドランカ展」について以下のタイトルで全国に配信されました。

芸能総合「芸能ダイアリー」
ヤドランカさんを追悼 日本の音楽仲間らイベント



掲載情報

【2016.7.12更新】
●2016年7月11日(月)の朝日新聞夕刊に「ありがとうヤドランカ展」と「追悼盤Hvala フヴァーラ 〜ありがとう ヤドランカ・ベスト」の記事が掲載されました。

●日本コロムビア・ヤドランカのアーティストサイトです。
http://columbia.jp/jadranka/



追悼アルバム「Hvala フヴァーラ 〜ありがとう ヤドランカ・ベスト」2016年7月20日緊急リリース!

【2016.7.7更新】



2016年7月20日(水)日本コロムビアより、
追悼盤としてヤドランカの代表作をメーカーを超えて編成し緊急リリースいたします!

「ありがとう ヤドランカ展」の会場でも販売いたします。
会場P3サイト↓
http://p3.org/JAPAN/2016/06/jadranka20160721/



「ありがとう ヤドランカ展」開催決定!

【2016.6.24更新】

「ありがとう ヤドランカ展」(入場無料)
開催日:2016年7月21日(木)〜24日(日)
会場:P3 art and environment(新宿区四谷4-34-1新宿御苑前アネックスビル1F)
※その他詳細はこちらのフライヤーをご覧ください。

ヤドランカのお別れ会を兼ねた展覧会とライブを開催いたします。
この「ありがとう ヤドランカ展」はヤドランカの友人や音楽仲間の間から自然発生的に日本で彼女のお別れ会をしようという声があがり、開催されることになりました。

会場では画家でもあったヤドランカの絵画作品の展示をいたします。
また、親しかったミュージシャンの皆さんによるライブやトークショーも予定されています。
多くの方々のご来場をお待ちしております!



5月9日のヤドランカの国葬の模様が現地の新聞(独立新聞)に掲載されました。

【2016.6.21更新】
〜ヤドランカよ 永遠に〜

5月9日のヤドランカの国葬の模様です。
ヤドランカの友人である一橋大学名誉教授の中島由美先生が 5月末からボスニアに行かれ、先日帰国した際、お持ち帰りになった 現地の新聞(独立新聞)をスタッフに見せてくださいました・・・



[ → 詳細はこちら : more info.]



掲載情報

【2016.6.20更新】
お知らせです!
2016年6月20日(月)毎日新聞に記事が掲載されました。



掲載情報

【2016.6.2更新】
お知らせです!
2016年6月4日(土)朝日新聞の夕刊「惜別」欄にヤドランカの記事が掲載されます。(予定)
ご覧いただけますよう!



ヤドランカの追悼式で読み上げられた湯川れい子さんの追悼文

【2016.5.18更新】
5月9日、バニャルカでのヤドランカの葬儀前に行われた追悼式で、
日本の友人代表として湯川れい子さん(音楽評論家・作詞家)の追悼文が読みあげられました。
湯川さんは個人名でなく、「日本のファンより」としてヤドランカの葬儀にお花も贈ってくださいました。
お花を遠いボスニアへ送りたくても送るすべのない多くのファンの気持ちがヤドランカにも届いたことと思います。

Jadranka.
We Japan loved you.
Still we love you and are missing you so much !!
We love you forever more.
RIP
from Reiko Yukawa



音楽仲間から追悼式に送った追悼文

【2016.5.18更新】
ヤドランカの訃報が日本のスタッフに届いたのは連休中のことでした。
連絡のとれない方も多く、私達スタッフは時間の無い中、音楽仲間から寄せられた追悼文をボスニア語に訳しバニャルカでの追悼式に送りました。
全部ではありませんが掲載させていただきます。(敬称略 五十音順)


89年、来日最初のアルバム「信じているの」を一緒にレコーディングできたことは、
僕の音楽人生の中での誇りです。
そしてあなたの作品、歌声は僕にとって永遠のものです。
どうか安らかに眠ってください。国吉良一(作曲家 編曲家)

ヤドランカさんほど深い声の持ち主を、私は知りません。
その声を聴くと、緊張していた体も心も、ふううっと温かく軽くなります。
なんという素晴らしい声。
同じ歌手でありながら、私はいつもヤドランカさんがうらやましかったのです。
私も、あんな声だったら、どんなにステキだろう。
いいえ、素晴らしいのは声だけではなかったのです。
ヤドランカさんは、本当に広く大きく深い心を持った人でした。
彼女の名前の通りアドリア海の青の深さのような人でした。
「クミコもこっちにきて、一緒に唄いましょう」
電話で、そういってくれたヤドランカさんの声が、私にとって彼女の最後の声になりました。残念で悲しくてしかたありません。
今は、彼女と一緒に唄った「一日がもっと長ければ」を一人で口ずさんでいます。
ヤドランカさん、本当にありがとう。
あなたと会えたことは、私の人生の大きな喜びです。クミコ(歌手)

ヤドランカさん、はじめてお会いした時から、僕の母のように思っておりました。何処までも心を開くこと、その優しさの向こう側で、ようやく誰かと出会えることを、教えてくれたのはあなたでした。また会えると思っていました。病室から電話をかけてくれたとき、直ぐに飛んで行けばよかった。サラエボに戻られる際、託してくださったサズ、大事にします。つま弾く度に、あなたの優しい歌声が聴こえてきます。素朴でありなさい、素直でありなさい、あなたの一番いい心を使いなさい、いつも応援しているよと、伝えてくれます。ヤドランカさん、ありがとう。
いつも通り、頬にキスをして、アディオス!またね。高木正勝(映像作家 音楽家)

ある春の日、ヤドランカさんの家に行くと
「あゆみさん、すみれの花が咲いたよ!」と嬉しそうに言いました。
ヤドランカさんがベランダで育てていたすみれが咲いたその日は、彼女の亡くなったお母さんのお誕生日でした。お母さんの名前はリュビッツァ。日本語ですみれという意味です。私たちは「LJUBICAすみれ」という歌を一緒に作りました。
日本にいてもヤドランカさんは遠い祖国を思い、お母さんとの思い出を大事にしていました。
ヤドランカさん、いつもみんなをその声でその優しさで包んでくれてありがとう!
今は天国でお母さんに甘えてね。友利歩未(作詞家)

ヤドランカさんとは、一緒に沢山の音楽を作りましたが、
中でもNHKスペシャル「ローマ帝国」のメインテーマや同番組の挿入楽曲「宿命」
における彼女の歌声は、世界中で唯一と言える独特の世界観を表現しており秀逸でした。
あの独特の歌い回しを伴った誰にも代え難い魅力的な歌声をもう生で聞く事が出来ないと思うと悲しみが溢れてきます。
彼女とこの日本の地で出会い、私の音楽に命を与えてくれた事に心より深く感謝します。
渡辺俊幸(作曲家 編曲家)  



ヤドランカのお墓の写真がボスニアより届きました。

【2016.5.12更新】
ファンの方々へ

たくさんのファンの方々、アーティストの方々からお悔やみをいただいております。ヤドランカに代わり御礼申し上げます。 ・・・



[ → 詳細はこちら : more info.]


サラエボにおける追悼式の模様です。

【2016.5.10更新】
亜5月7日(土)サラエボの国立劇場で作曲家協会主催の追悼式が行われました。
舞台に設置された彼女の写真は白いバラに包まれギターが置かれていました。 ・・・



[ → 詳細はこちら : more info.]



ヤドランカのバニャルカでの葬儀の模様です。

【2016.5.10更新】
5月9日(月)バニャルカで追悼式と葬儀が行われました。
現地日本大使館からのご報告ではスルプスカ共和国(セルビア人共和国)の大統領も参列し、多くの人々がヤドランカを偲んだとのことです。 ・・・



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ファンの方々へ

多くの方からヤドランカを悼む声が届いております。
ヤドランカもきっと喜んでいることでしょう。

ヤドランカの葬儀に関する情報がボスニアの日本大使館より入りました。
9日(月)にバニャルカでメモリアルと葬儀があるとお伝えしておりましたが、
7日(土)にもサラエボでメモリアルがあるそうです。
詳細は以下の通りです。

7日 13:30 サラエボ 作曲家協会主催追悼式 
小川和也日本国大使出席(追悼の言葉を述べます)

9日 11:00 バニャ・ルカ 追悼式 宮ア和政参事官出席(追悼の言葉を述べる予定)
14:00 バニャ・ルカ 葬儀 宮ア和政参事官出席

日本の大使館からも大使や次席の方々が参列されるようです。
ちなみに現地関係者からの情報によると9日の追悼式と葬儀に備え、8日はリハーサルをするそうです。
旧ユーゴの国民的な歌手であったヤドランカは、この日本を愛しそして多くのファンや音楽仲間に愛されていました。
どうぞこれからもヤドランカが、そして彼女の音楽が愛され続けますよう。

                        
2016年5月7日    
ヤドランカ スタッフ一同


ボスニア、セルビアでヤドランカの半生記が出版されました。

昨年秋にボスニア、そしてセルビアでヤドランカのDVD付半生記『音の色』が出版されました。
この本は作者のミルカ・チェルミジッチさんがヤドランカにインタビューして、ヤドランカの47年にわたるアート生活について書いたものです。
本の売り上げはALSで闘病中のヤドランカの治療費に提供されるそうです。・・・・


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チャリティコンサートのTVニュース

2015年5月27日にセルビアのノヴィサドで開催された
ヤドランカのためのチャリティコンサートのTVニュースです。

主催者(最初に登場する男性)によると
このチャリティのことはヤドランカ本人に伝えずサプライズにしていたそうです。
ヤドランカはお金よりも、いつも皆が心の中で自分のことを思ってくれている のを喜ぶと思うと彼は・・・・


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ヤドランカの最新ベストアルバム

クロアチアレコーズより今年3月に発売されました。
先日のセルビアでのチャリティーコンサートでは
チケット購入者にプレゼントされました。

写真は日本のヤドランカの友人が現地で買ってきたものです。


[ →クロアチアレコーズ公式サイト]




ボスニアのTV番組 ヤドランカのトリビュートショー(2015.3.29)

ヤドランカの歌は祖国の人々に広く愛されています。


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ヤドランカ チャリティーコンサートと最新ベストアルバムのTVCM

2015年5月27日〜29日にセルビアのノヴィサドとベオグラードで開催された、ヤドランカのためのチャリティーコンサートと最新ベストアルバムのTVCMです。


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ヤドランカのためのチャリティーコンサート開催!

2015年5月27日セルビアのノヴィサド(ベオグラードに次ぐ第二の都市)の シナゴーグでヤドランカのチャリティーコンサートがありました。

ちなみにこのシナゴーグとは1909年に建築されたユダヤ教の教会ですが、現在では宗教 的な役割はなくコンサート会場として使われています。

このチャリティーコンサートはヤドランカの為に彼女の友人のアーティストたちが 出演しました。 ・・・



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Message from Jadranka



ヤドランカからのメッセージです。






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Message from Jadranka(2014.11.21)

先月末、ヤドランカの友人であり音楽仲間でもある薩摩琵琶奏者坂田美子さんと日本で家族ぐるみで仲が良かった岡島アルマさんがボスニアのヤドランカを訪ねてきました。

病気は進行してはいますが、ヤドランカは前向きで希望を失ってはいません。

日本食のお土産をとても喜んでくれたとのことです。





雑誌「AERA」(2014.11.24)にジャーナリスト木村元彦氏の ヤドランカへのインタビュー記事が掲載!

「〜歌姫ヤドランカの日本への思い〜 ありがとうを言いたい」

現在発売中の「AERA」(2014.11.24)にジャーナリスト木村元彦氏の ヤドランカへのインタビュー記事が掲載されています。
ヤドランカの日本への思いが伝わってくる内容です。


[ →雑誌「AERA」ホームページ]




ok. love yadoran yori minna ni kiss

このホームページを通して
ヤドランカへ温かいメッセージをくださった方々へ
応援してくださっている皆様へ
ヤドランカ本人からの感謝の気持ちをお伝えします。

現在ヤドランカはALSと闘いながらも、諦めることなく
ボスニアでアーティスト活動を続けております。
また、自身が闘病中でありながらも今年5月にバルカン半島を襲った
未曽有の大洪水の被災者に対しても何かできないかと心を痛めております。

今後ともヤドランカをどうぞよろしくお願いいたします。


2014.7.29
ヤドランカWeb担当より



NHK「みんなのうた」<リクエスト枠>でヤドランカの「誰かがサズを弾いていた」が放送!

2011年4月5月に放送されて以来、NHKにたくさんの視聴者の方からリクエストがあり再び放送されることになりました。 日本を代表するイラストレーター、グラフィックデザイナーの一人である宇野亜喜良さんの素晴らしい映像世界とともに、ヤドランカの歌をどうぞお楽しみください。

「みんなのうた」<リクエスト枠>

2013年10月・11月放送分
NHK Eテレ 毎週土曜日20時55分〜21時
放送日:2013年10月19日、11月16日
放送曲:ヤドランカ「誰かがサズを弾いていた」
作詞 友利歩未
作曲 ヤドランカ
編曲 渡辺俊幸


[ → 詳細はこちら : NHK「みんなのうた」]



セルビアの主要新聞「Novosti」社の記者たちが、ヤドランカの誕生日をお祝い!

2013年7月24日はヤドランカの誕生日でした。

セルビアの主要新聞「Novosti」社の記者たちが、バニャルカに滞在する彼女を訪ねお祝いをしたそうです。
困難な状況にありながら明るい笑顔で迎えるヤドランカに対し、記者は大きな力と強い意志を感じたと伝えています。
ヤドランカは次のように語っています。
「たくさんの方にお祝いしていただき ・・・・


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クロアチアのインタビュー番組「ダミンギャンビット ショー」にヤドランカが出演!

2013年2月25日放送のクロアチアのインタビュー番組「ダミンギャンビット ショー」にヤドランカが出演しました。 この番組は「成功した女性・活躍している女性」にインタビューする人気番組です。 日本で例えるなら女性だけをゲストに呼ぶ「徹子の部屋」のような感じでしょうか。
インタビュアーのエリザベータ・ゴヤンは有名なインタビュアーで番組は 旧ユーゴ全域で放送されています。 番組でヤドランカは現在のボスニアでのアーティスト活動について述べるとともに・・・・


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地元新聞紙にヤドランカの記事が掲載!

2013年1月20日のボスニアの新聞(デイリーavaz)に掲載された記事です。
ヤドランカはバニャルカ(ボスニア)にある医療施設で治療の合間にインタビューを受けました。

彼女は2009年秋頃から脚に異常を感じ運動ニューロン疾患と診断されました。

ヤドランカ『病気は怖いけれど 麻痺がお腹より上に進行しないよう神様に祈っています。毎日 歩行器を使ってリハビリしています』

彼女は仕事にも前向きでRTRS(セルビア人共和国ラジオテレビ局)で音楽プロデューサーとしても活躍していること、日本のミュージシャンとのことを語って・・・


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セルビアのインタビュー番組「TVの顔」にヤドランカが出演!

セルビアの「TVの顔」というインタビュー番組です。
2012年11月10日に放送されたものです。

ボスニア北部の保養地バーニャスラティナ(温泉療養スパ)での収録です。ちなみに彼女は2013年6月現在バニャルカに滞在しています。

ヤドランカのリハビリをしながらの創作活動の一端をボスニアの保養地の風景と供に・・・



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Message from Jadranka

みなさん、お久しぶりです。ヤドランカです。 私は今、祖国ボスニア・ヘルツェゴビナに居ます。
2011年4月にクロアチアでの仕事の為、日本を出発しましたが以前から患っていた脚が悪化し、すぐには日本に戻れなくなりました。
今は車椅子を使っています。
こちらでリハビリなど治療しながら、・・・



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