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■日本コロムビア ヤドランカ・インフォメーション
https://columbia.jp/artist-info/jadranka/info/

■コロムビア公式 CD・DVDの通販サイト
https://shop.columbia.jp/shop/g/gS3430/

■ヤドランカ・ストヤコヴィッチfacebookページ
https://www.facebook.com/Jadranka.Stojakovic/about


■ヤドランカ公式YouTubeチャンネル
https://youtu.be/VBshxelDMTM


■【コラム】Vol.21 「風の環の歌」 湯川れい子さんのこと
(2021.4.26
NEW!


ヤドランカ追悼イベント 7月24日配信予定!
7月5日にボスニア・ヘルツェゴビナ大使館で無観客によるイベントを開催。
  ヤドランカの誕生日に海外のファンの方々のために、
英語字幕を入れて配信いたします
 

天空の声 大地の祈り
人々の心に寄り添う流浪の歌姫ヤドランカ

『シュトテネーマ〜あの歌が聴こえる〜』 好評発売中!!

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https://shop.columbia.jp/shop/g/gS3430/

未発表曲含む 全13曲(10曲+ボーナストラック3曲)

2000円(税込)COCB-54328

ヤドランカが亡くなって間もなく5年。
今も尚、彼女の歌は生き続けています。
世界中が困難に見舞われている今、天上から舞い降りてくるその声は
そっと人々の心に寄り添い、明日への希望を感じさせてくれることでしょう。




【2021.6.10更新】
柴宜弘(しば・のぶひろ)先生 ご逝去
(城西国際大学中欧研究所長、同大特任教授、東京大学名誉教授)


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ヤドランカの友人でもあった柴宣弘先生が、
5月28日、急性心筋梗塞でお亡くなりになりました。享年74。
告別式は近親者で行われたとのこと。
ご専門は歴史学、東欧地域研究、ヨーロッパ近現代史。
柴先生は旧ユーゴスラビア地域やバルカン諸国研究の第一人者として知られ、
そのご研究は日本とバルカン諸国との重要な架け橋でもありました。
残された書物をはじめ、そのご功績は、この地域に興味を持ち学ぼうとする多くの人々を
これからも導かれることでしょう。
謹んでお悔やみ申し上げます。




【2021.5.25更新】
ALSの進行を遅らせる可能性


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5月21日(金)の朝日新聞記事より(1面)
https://www.asahi.com/articles/DA3S14911320.html?iref=pc_ss_date_article

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5月21日(金)の朝日新聞記事より

https://www.asahi.com/articles/DA3S14911268.html?iref=pc_ss_date_article



慶応大学の研究チームによる治験で、iPS細胞を使って発見されたパーキンソン病の薬がALSの進行を
遅らせる効果が世界で初めて確認されたそうです。素晴らしいことです。
ヤドランカがALSで亡くなって5年。彼女の闘病中、「iPSで治療法が必ずみつかるからと」と励まし続
けました。ヤドランカは間に合わなかったけれど、薬の開発が実現しつつあることが確かになりました
。医療は確実に進歩しています。希望はあります。



【2021.5.9更新】
5月6日はイヴィチャ・オシム氏の80歳の誕生日でした!




https://youtu.be/M4FoK985DIk

ヤドランカの友人、サッカー日本代表元監督のイビチャ・オシムさんが
5月6日80歳のお誕生日を迎えられました。

これは現在、オシムさんが在住されているオーストリアのテレビ番組の画像です。
オシムさんの通訳を務めた国際ジャーナリストの千
田善さんが、
木村元彦さんの著書「オシムの言葉」が日本では50万部売れていることなど、
オシムさんが特別の注目を集めていることをお話ししています。
番組では日本で指導を受けた選手たち、当時のスタッフの回想も。
また、オシムさんの選手としてのキャリア(ヨーロッパ選手権準優勝)
監督としてのキャリア(ジェリェズニチャル・サラエボ、ユーゴスラビア代表
、 パルティザン・ベオグラード、ギリシャのパナティナイコス、シュトルム・グラーツ、
ジェフ千葉、日本代表)等、紹介されています。

オシムさんは、先日(4月29日放送)の文化放送のヤドランカ特番にも電話でコメントを寄せてくださいました。
オシムさん!どうぞ、これからもお元気でいてください。


【2021.5.3更新】
5月3日 ヤドランカに捧げる歌 
シンガーソングライター佐久間順平さんから届きました

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5月3日はヤドランカの命日。 彼女と親しかった音楽仲間の佐久間順平さんから、
ヤドランカに捧げる歌"アイガウマレル"が今日スタッフに届きました。
(佐久間さんのアルバム「世界は愛で出来ている」に収録)http://www.sakumajunpei.jp

アイガウマレル 詞・曲:佐久間順平

トオク トオク  フネガ ユクヨ
ワタシノ アイスル  ヒトヲ ノセテ
トオク トオク  ワタル フネ
アイスル ヒトヲ  Mm〜〜ノセテ
キミノ イノチ  アノ ホシヘ
タクサンノ ナカマタチト
キミノ イルトコ  アイガ ウマレル

ウタウ キミニ  ホシモ ウタウ
ヒカリノナカ キミハユク
キミノ イクトコ  アイガ ハジマル
キミノ イルトコ  アイガ ウマレル

ヤドランカが亡くなって5年。
佐久間さんは彼女の作品「Daleko」(遠くという意味)をご自身のライブで、
日本語にして歌われていました。 
ある時、「今頃ヤドランカはどうしているんだろう?」と思い、
「DALEKO」のその先を知りたくなりこの「アイガウマレル」を作ったそう。
ヤドランカが遠くへ行ったその先を書きたかったとのこと。
(*改めて後日コラムでご紹介します)
今日、ヤドランカの友人たちは皆それぞれに、彼女のことを偲んでいます…。





【2021.5.3更新】
ヤドランカのYoutubeチャンネル作成しました!




今日5月3日はヤドランカの命日。
ファンの方々や友人達と一緒に彼女のことを共有できるきっかけになるよう、
本日、ヤドランカのYoutubeチャンネルを作成しました!
アイコン写真はヤドランカの友人の写真家、広川泰士さん撮影のものです。

初めての投稿は、
新星堂国分寺駅ビル店の冨山店長(4月21日現在)からのコメントです。
ヤドランカNEWアルバム「シュトテネーマ〜あの歌が聴こえる〜」の
発売日4月21日、かつて新星堂のレーベル、オーマガトキ社長をされていた野村均さんが
取材収録してホームページスタッフに送ってくださいました。
ヤドランカは新星堂さんには大変お世話になっておりました。
今もこうして応援してくださることを、彼女は空の上できっと喜んでいるでしょう。
冨山さんは現在別部署へご異動されたそうですが、ヤドランカへの思いがスタッフにとっては大変うれしく、
皆様にもお知らせしたく、許可を得て動画をアップいたします。

冨山さん、野村さん、ありがとうございました!
新星堂国分寺駅ビル店は4月25日より東京都の緊急事態宣言発令のため、
当面休業中とのことです。
新しく着任された高根店長、コロナに負けず頑張ってください!応援しております。
中央線国分寺駅のお近くの方は、店舗が再び営業した際には、
ぜひお立ち寄りくださいますよう、よろしくお願いいたします。



【2021.5.1更新】
Landscapes 311
広川泰士氏の作品も展示中


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Exhibition WAKO WORKS OF ART | 2021 Gallery Show (wako-art.jp)

3月11日〜4月10日
六本木のWAKO WORKS OF ARTに於いて
Landscapes 311が開催中。
"3.11"にまつわる作品や核問題を考える作品を中心とした常設展です。
ヤドランカの友人、広川泰士氏の作品も展示されています。

※4月21日発売ヤドランカのアルバム
「シュトテネーマ〜あの歌が聴こえる〜」のジャケット写真も
広川氏の撮影したものです。




【2021.2.24更新】
旧ユーゴのシンガーソングライター
Djordje Balasevicジョルジェ・バラシェヴィッチ氏逝去




https://www.facebook.com/pozitivno.ba/videos/1111559868865167/



2月19日、ヤドランカの親友Djordje Balasevicさん(ジョルジェ・バラシェヴィッチさん)が 新型 コロナウィルスの為、逝去。享年67。

当H.P.スタッフにこの一報は20日、国際ジャーナリストの千田善氏より入りました。
千田氏はヤドランカから生前、彼の話はよく聞いていたそうです。千田氏によると
彼の父はセルビア人、母はクロアチア人とハンガリー人のハーフ。
彼は多民族地域のボイボディナ・ノビサドで生まれ育ちました。
ヤドランカのように旧ユーゴ全域で人気のあった稀なミュージシャンとのこと。
そのため民族主義者やミロシェヴィッチ政権からは嫌われて、
コンサート会場を借りることが出来なかったり、暗殺予告もあったそうです。
動画はバラシェヴィッチさんが作詞作曲してヤドランカに贈った
「人生は片道切符」(1978年)
という作品。若き日の二人の演奏です。

また、同じくヤドランカの友人岡島アルマさん(Alma OKAJIMA)より、
1998年のバラシェヴィッチ氏のインタヴュー(翻訳)も届きました。
サラエボでコンサートをすることになっていた彼に殺害予告が出たことに対して 彼が答えた内容です。

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バラシェヴィッチ談

「サラエヴォに行くのは怖くないのですか?」と聞かれ
「なぜでしょう?」と聞き返すと、
「新聞にバラシェヴィッチに対する殺害予告があったのです。」と。
サラエヴォ公演の前に知りました。もし危険なら、サラエヴォで隠れて居ますよ。
私が安全を感じる場所で。だから怖くはありません。
僕は2日間だけの滞在なので、2日間だけはその狂人の脅迫に晒されますが、
サラエヴォの人々は5年もの間殺害される脅迫と戦いました。
これで、僕も2日間だけはサラエヴォ人になれる理由を頂けたと思っています。




【2021.1.25更新】

world music chart Europe year 2020

ワールドミュージック チャート ヨーロッパ2020年 第三位
ヤドランカの友人のアーティスト、 ダミル・イマモヴィッチさん


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http://www.damirimamovic.com/releases/damir-imamovic-singer-of-tales#

https://www.wmce.de/.../2020/The%20Year%202020_Topten.pdf

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2006年 モスタルでのコンサート前
地元ラジオ局での番組に出演するヤドランカとダミルさん

昨年のワールド ミュージックチャート ヨーロッパの第三位に 
ボスニア・ヘルツェゴビナのダミル・イマモヴィッチさんの「SINGER OF TALES」が選ばれました。

ダミルさんはヤドランカの友人。
2006年にはヤドランカの世界遺産コンサートツアーで、サラエボやモスタルで共演しています。
当時、ヤドランカは筆者に言っていました。

「彼は若いけれど、古い歌をよく知っている。
彼のお父さんも有名な歌手だけどダミル自身、すごく才能がある」

ダミルさんのご活躍をヤドランカは嬉しく思っていることでしょう。

ちなみに第八位は同じくボスニア・ヘルツェゴビナのアミラ・メドゥンジャニンさん。
音楽評論家の北中正和先生によるとアミラさんはヤドランカの作品のカバーもしているそうです。



【2021.1.8更新】
鬼怒無月(Natsuki Kido)さんのライブのご案内

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【無観客配信ライブ】
鬼怒無月 新春弾きっぱなし | 秋葉原 Club Goodman (goodman2020.com)

ヤドランカが絶大な信頼を寄せていたギタリスト、鬼怒無月(Kido Natsuki)さんの無観客ライブ開催。
本日1月8日19:15〜配信
当初は有観客ライブの予定でしたが、緊急事態宣言を受け、急遽無観客でのライブになったとのこと。
鬼怒さんは、渾身の演奏をお届けすると宣言。
いつものことながら、期待を裏切らない素晴らしい演奏が楽しみです!

鬼怒 無月 | Facebook

【2020.12.07更新】

広川泰士写真展

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ヤドランカの友人で、日本を代表する写真家広川泰士さんの写真展が12月21日まで 小海町高原美術館で開催中。

日本各地に存在する「壊しては創る姿」がむき出しになった異形ともいえる風景を、現代日本の「ごく普通の風景」としてとらえた「BABEL」シリーズ
環境問題に暗黙の警鐘を鳴らすかのような作品群「STILL CRAZY」 時空を越え圧倒的な存在感で私たちの心を揺さぶる「FUJI SUN富士山」
人間が宿命的に繰り返す破壊と創造の営みに惹きつけられてきた写真家の世界観がそこに在ります。

休館日=火曜日・祝日の翌日 開館時間=午前9時〜午後5時(最終入館は午後4時30分)
入館料=一般:500円/高校生以下無料

小海町高原美術館 https://www.koumi-town.jp/museum/exhibition/20hirokawa/20hirokawa.html

広川事務所 https://hirokawa810.com/news/




【2020.12.02更新】

ボスニア・ヘルツェゴビナ
サッカーで子どもたちの心に橋を架ける ガンバ大阪監督 宮本恒靖さん 

2020年11月1日 15日 配信「DOWELL magazine(ドゥーウェルマガジン)より

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「DOWELL magazine(ドゥーウェルマガジン)

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『Little Bridge』ホームページより


Jリーグ・ガンバ大阪監督の宮本恒靖(みやもと・つねやす)さんは、2013年からボスニア・ヘルツェゴビナでの『マリモスト』というスポーツアカデミーの活動に携わっています。
『マリモスト』は、子どもたちを対象としたサッカースクールの運営を通じて、紛争の爪痕が残る現地の民族対立を融和することを目的としています。 ヤドランカ自身も子供時代サッカーを楽しんだと言っていました。彼女が55歳の時、久しぶりにサッカーボールでリフティングしたら、体がちゃんと覚えていたと喜んでいたのを思い出しました。

ヤドランカが今も生きていたら、きっとマリモストの活動を応援したでしょう。彼女の意を汲みこのホームページで今後もマリモストのことをご紹介していきたいと思います。

「いいことをして、この世界をよくしていこう」をコンセプトにしたWEBマガジン「DOWELL magazine(ドゥーウェルマガジン)」に宮本さんのインタビューが二回に分けて掲載されています。

「DOWELL magazine(ドゥーウェルマガジン)」
https://www.dowellmag.com


『Little Bridge』
https://www.little-bridge.net/




【2020.10.16更新】

サラエボの博物館 28年ぶりに再建(朝日新聞)


10月10日朝日新聞夕刊の記事によると
ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで、92年内戦時に破壊されたサラエボ冬季五輪を記念する博物館が28年ぶりに再建され、10月8日に再建を祝う式典があったそうです。
博物館には五輪の写真や選手が使った用具などが展示されているとのこと。
サラエボ冬季オリンピックでヤドランカはテーマソングを歌い、表彰式で演奏をしました。
おそらく彼女の写真なども展示物の中に含まれているのではないでしょうか。
ボスニア・ヘルツェゴビナに行かれたら皆様、是非訪ねてみてください。
早く新型コロナウィルスが収束し、海外へ気兼ねなく行けるようになりますように。

朝日新聞

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【2020.10.7更新】

東京農業大学とボスニア・ヘルツェゴビナ東サラエボ大学との間で学術交流協定締結


2020年10月1日 東京農業大学はボスニア・ヘルツェゴビナの東サラエボ大学との間で学術交流協定を締結しました。
現在、日本に駐在しているボスニア・ヘルツェゴビナ全権大使のシニシャ・ベリャン博士はボスニア・ヘルツェゴビナの東サラエボ大学農学部の学部長を務められていたこともあり、日本の大学との交流を積極的に進めていらっしゃいます。
日本の若者や研究者がヤドランカの祖国ボスニア・ヘルツェゴビナのことを、交流を通してより深く知るのは嬉しいことです。
ヤドランカが日本を愛したように、ボスニア・ヘルツェゴビナの学生や研究者も日本を愛してくれますように。
両大学の交流は、両国の文化交流に尽力したヤドランカも喜んでいることでしょう。

東京農業大学
http://www.nodai.ac.jp

東サラエボ大学
https://www.researchgate.net/institution/University_of_East_Sarajevo



調印式の模様




【2020.9.28更新】

ゼラチンシルバーセッション参加作家によるファインプリント展


〈Study works for Timescapes〉 広川泰士


ヤドランカの友人の写真家、広川泰士氏が、瀧本幹也氏らと2006年に始めた
“ゼラチンシルバーセッション”プロジェクト。(http://gss-film.com/
銀塩(ゼラチンシルバー)写真の楽しさや面白さを後進にも伝え、 フィルム、
印画紙など欠かすことのできない感材の生産を守っていくために
展覧会やワークショップなどが開かれてきました。

今回、このゼラチンシルバーセッションに参加した9名の写真家による
オリジナルプリント展が、2020年9月29日(火)〜11月1日(日)まで、
JCIIフォトサロン(無料)で開催されます。

各作家の独自の世界観と銀塩写真ならではの深みと多様性をじっくり味わっていただけることでしょう。


参加写真家(五十音順)

小林 紀晴 / 嶋田 篤人 / 瀧本 幹也 / 百々 俊二 / 中藤 毅彦 / 西野 壮平
広川 泰士 / 村越 としや / 若木 信吾

http://gss-film.com/news/2020/2866.html





【2020.9.19更新】

ヤドランカのCDを手にするボスニア・ヘルツェゴビナ大使
シニシャ・ベリャン博士(Sinisa BERJAN, PhD)



9月17日、当WEBサイトのスタッフがボスニア・ヘルツェゴビナ大使と大使館にて面会。
昨年日本に大使として着任されたシニシャ・ベリャン氏は
ヤドランカのことを日本の皆さんにもっと知ってほしいと
追悼アルバム「フヴァーラ〜ありがとうHvalaヤドランカ・ベスト」を
多くの方にご紹介してくださっています。

シニシャ・ベリャン氏は
東サラエボ大学で科学研究開発副学長(2018年1月〜2019年4月)、
同大学農学部の学部長(2014-2019年)を務められた博士でもあります。
お料理やテーブルコーディネートもお好きな気さくなお人柄。
お話ししていると、ヤドランカとどこか似ている温かい雰囲気のある方でした。
日本とボスニア・ヘルツェゴビナの文化交流の発展はヤドランカが生前望んでいたこと。
彼女の作品を介して両国の交流が広がっていくのはとても素晴らしいです。

ボスニア・ヘルツェゴビナ大使館(東京)
https://www.bhembassy.jp





【2020.9.16更新】

「はだかん帽」(作詞:友利歩未)が「NHKみんなのうた」でオンエア中


ヤドランカの歌う「誰かがサズを弾いていた」は 2011年「NHKみんなのうた」で放送されると、大きな反響がありました。
その作詞をした友利歩未の別作品「はだかん帽」が現在、再放送されています。

「はだかん帽」の初回放送は2004年。
当時のプロデューサー川崎龍彦氏と今度はヤドランカで作品を作ろうということになり、 「誰かがサズを弾いていた」が生まれました。

「はだかん帽」は子ども達が喜びそうな可愛い歌です。
子どもの心を持ったヤドランカも面白がっていました。

毎週金曜日 Eテレ     8時55分〜
毎週土曜日 NHK総合テレビ 4時8分〜 
毎週土曜日 ラジオ第2放送 18時40分〜
毎週日曜日 ラジオ第2放送 16時25分〜 
(9月末まで)

https://www.nhk.or.jp/minna/songs/MIN200408_02/




【2020.7.31更新】

ヤドランカの友人、広川泰士さん撮影
映画「もち」公開中



ヤドランカの友人、写真家の広川泰士さんが撮影をされた映画「もち」(小松真弓監督)が公開中です。
広川さんは広告写真、TVコマーシャル等でご活躍される一方、世界各都市での個展、美術展でも作品を発表しています。
また、以前、撮影監督を手掛けた「トニー滝谷」(市川準監督)は世界30余ヵ国で上映され、ロカルノ映画祭において審査員特別賞、国際批評家連盟賞、ヤング審査員賞の3賞同時受賞、他に文部科学大臣賞など多数受賞。
そんな広川さんの今回の撮影映像は必見。
ヤドランカの周りには優れた才能が集まっていたと改めて思います。

映画「もち」公式サイト
http://mochi-movie.com

どうぞご覧ください。





【2020.7.24更新】

今日はヤドランカの誕生日



7月24日 今年もまたヤドランカの誕生日がきました。
彼女はいないけれど、思い出はいつも仲間や彼女を想う人たちの心に寄り添っています。

2006年7月、ヤドランカがコンサートでスロベニアを訪れた際、現地の友人を介してある画家の身内から、ヤドランカへ一枚の絵が届けられました。
この絵の女性は若き日のヤドランカの母リュビッツァ。
画家が若い頃、ヤドランカの母リュビッツァを描き、彼の元に長い間、保管されていたそう。
戦火を経て娘の元に届いたのです。
激しい内戦で多くを失った旧ユーゴの人達は戦後、大切な写真や思い出の品々が出てくるとそれを持つに一番相応しい人の元へ届けるのだそうです。
ヤドランカは本当に嬉しそうでした。
1950年7月24日、ヤドランカを産んでくれてありがとう。リュビッツァさん。

※「アルバムこぼれ話」では母リュビッツァをモチーフにした作品についてのコラムをアップしました。
どうぞご覧ください。


【2020.5.2更新】

ヤドランカへ届ける演奏動画―ギタリスト鬼怒無月さん―
Memorial Song For Jadranka by Natsuki Kido


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ギタリストの鬼怒無月さんはヤドランカが最も信頼していたミュージシャンの一人。
ヤドランカの自由な歌い方、演奏にアドリブで応えられる技量とその表現力に
ヤドランカ自身も「彼は本物」といつも言っていました。

鬼怒さんは現在、新型コロナの影響でライブでの演奏が出来ない中、無観客ライブの配信やご自宅からの演奏をFacebookにアップされています。

その鬼怒さんがヤドランカの亡くなった5月3日、彼女のために演奏してくださることに。
引き込まれるような素敵な演奏を皆様も是非お聴きください。

鬼怒無月さんfacebook
https://m.facebook.com/natsuki.kido.7

鬼怒無月さん公式サイト
http://mabokido.web.fc2.com/



【2020.5.2更新】

小説「暗い林を抜けて」の装画にヤドランカの絵

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先日、新潮社よりヤドランカの友人、黒川創さんの新刊「暗い林を抜けて」が出版されました。装画にはヤドランカの絵が採用されています。

この小説の主人公、有馬章は1965年生まれ、52歳の大手通信社記者。
5年前の癌が再発転移し、死を意識した彼の心象とこれまでの人生が、過去の戦争の歴史の断片や、日本や世界で起きてきた実際の出来事と絡み合うように描かれています。

小説では18歳の礼宮の「震える心」について書かれていたり
イギリスの宇宙物理学者S.ホーキング博士のあまり知られていない個人的な背景までも織り込まれていてとても興味深いです。
ちなみにS.ホーキング博士は宇宙理論「ベビー・ユニバース」を唱えたことでも有名ですが、彼の理論からインスパイアされてヤドランカはアルバム「ベイビーユニバース」を制作したと生前語っていました。(そのことは近々コラム「アルバムこぼれ話」でご紹介の予定)

小説の中で、人は死んでも生きて何かを考えてきた痕跡は残り、生きているものを導く。
それは小さなものであっても明るいのだ。というようなことが書かれていましたが、
この小説を読んだ後、改めてヤドランカの装画を見ると、まさに、暗い林を抜けたその先に光があることを暗示しているようです。

5月3日はヤドランカの命日。
ヤドランカは亡くなっても、彼女の残したものは世界中の人々の心を今も、そしてこの先も照らしています。

 

新潮社ホームページ
http://www.shinchosha.co.jp/book/444410/





【2020.2.21更新】

広川泰士さんの写真展「ソネット60」

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ヤドランカの友人で彼女のジャケット写真などを手掛けた
写真家広川泰士さんの写真展がMYD Gallery にて開催中。
(港区南麻布2-8-17鳥海ビル1F)
1月24日〜3月27日
https://www.mydgallery.jp/exhibition

MYD Galleryは
建築家の山口誠氏によって設立された現代アートフォト・ギャラリーで、
見学はアポイントメント制とのこと。
事前のご予約が必要です。
info@klee.co.jp


【2020.2.3更新】

第一回 日本 ボスニアヘルツェゴビナ 親善書き初め交歓会開催

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2月1日、都内のボスニア・ヘルツェゴビナ大使館で
大使・公使、同国出身者の留学生や社会人の方々と日本の小学生による
親善”KAKIZOME”交歓会が開催されました。
主催者である書道書育KASENの代表の和田華仙氏によると
当日は大使や子ども達代表の感動的なスピーチがあり、皆が涙ぐむほどだったとのこと。
そしてヤドランカの音楽交流の功績についてのお話を和田氏がされた際は
大使館側がアルバム「Hvala」をBGMとして流してくださったそうです。
尚、このイベントは在京ボスニアヘルツェゴビナ大使館の公式行事として位置づけられたもの。
日本とボスニアヘルツェゴビナの文化交流に力を入れていたヤドランカの想いを繋いでいくような
今回のイベントに彼女も天国で喜んでいることでしょう。



【2020.1.28更新】

ヤドランカの友人 黒川創氏 第46回大佛次郎賞『鶴見俊輔伝』

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ヤドランカの友人の作家、黒川創さんが、優れた散文作品に贈られる
第46回大佛(おさらぎ)次郎賞を受賞されました。
贈呈式は1月29日、東京都内で。
受賞作『鶴見俊輔伝』(新潮社)は雑誌「思想の科学」やベトナム反戦運動の
「べ平連」で中心的な役割を果たし、戦後日本の思想や文化に大きな影響を
与えた哲学者・鶴見俊輔(1922〜2015)の評伝。
ヤドランカも天国で黒川さんの受賞を喜んでいることでしょう!

黒川さんはヤドランカの亡くなった翌年、2017年に新潮社から小説「岩場の上から」も出されていますが、献辞に「ヤドランカへ」とあり、表紙は米田知子さん撮影のサラエボの町を俯瞰して撮った写真が使われています。
ヤドランカもこの写真のように私たちをいつも空から見守ってくれている気がします。

新潮社ホームページ
https://www.shinchosha.co.jp/book/444408/
https://www.shinchosha.co.jp/book/444409/


【2019.11.8更新】

「ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章」発売

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明石書店よりエリア・スタディーズのボスニア・ヘルツェゴヴィナ版
「ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章」が発売されました。
(初版第一刷2019年6月15日)
明石書店H.P.
https://www.akashi.co.jp/book/b457850.html

東欧地域、バルカン近現代史等の研究をされている柴宜弘氏、山崎信一氏の編著。
お二人ともヤドランカとは旧知の間柄です。

以下の項目を60章にわたり、お二人を含む27名の研究者、作家、ジャーナリスト等の方々が執筆しています。とても分かりやすく、読み応えが有ります!

T ボスニア・ヘルツェゴヴィナという国
U 歴史、
V 多様な地域、多様な人々、
W 政治経済、
X 政治・経済・国際関係
Y 社会・生活
Z 文化
[ 日本との関係

“ヤドランカ”の章もあり、「ありがとうヤドランカ展」や現地での追悼コンサートの司会、翻訳、通訳者としてもご尽力されている一橋大学名誉教授の中島由美さんが執筆。
引用した写真はヤドランカの友人のカメラマン、広川泰士さんにご協力いただきました。

また、この本では国際ジャーナリストの千田善さんも、「オシムと日本サッカー」について執筆されています。オシムさんとヤドランカは大変親しく、千田さんとヤドランカも親しい友人同士でした。今もヤドランカに関することで何かとお力添えを頂いてます。

「ボスニア・ヘルツェゴヴィナを知るための60章」
この一冊を読めば、複雑で情報も少ないボスニア・ヘルツェゴヴィナに関しての理解が深まるでしょう。ボスニア研究の一助にもなり、旅行ガイド副読本としても素晴らしい!旅行前にご一読されるだけで、旅を豊かなものにしてくれるはず。

ヤドランカに関しては、60章の中の一章に彼女のことすべて書くのは不可能で
中島由美さんもご苦労されたことと思います。
只今準備中ですが、今後このホームページで深い繋がりのあった音楽仲間や友人の方々のお話し等もご紹介していき、ヤドランカの才能や素晴らしい人間性をお伝えしていく予定です。





【2019.11.8更新】

バニャルカでのコンサート

今年5月バニャルカでの桜祭りに行われたコンサートの写真(中島由美さんより提供) ヤドランカ追悼の意味合いも込めて薩摩琵琶奏者の坂田美子さん、琴・三絃奏者の稲葉美和さんが演奏されました。中島由美さんはヤドランカの映像を前にお話しされながら司会と通訳を務められました。

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【2019.7.24更新】

今日はヤドランカの69回目の誕生日です。

ヤドランカは1950年7月24日にサラエヴォで生まれました。
彼女が亡くなって3年が経ちます。

ご報告が遅れましたが、今年5月3日の彼女の命日の頃、
ボスニア・ヘルツェゴヴィナのバニヤルーカでは
桜祭りが開催され、合わせてヤドランカ追悼の意味も込めた
コンサートが行われました。
(JTたばこ産業がスポンサー、ボスニア日本大使館支援事業)

コンサートにはヤドランカと縁の深い薩摩琵琶奏者の坂田美子さん、琴・三絃奏者の稲葉美和さんらがご出演されました。
前日には日本大使夫妻、照内次席と共に皆でヤドランカのお墓参りをしたとのこと。
司会、通訳として同行した一橋大学名誉教授の中島由美さんからのご報告です。

コンサートの写真はうまく撮れなかったとのことで、
ヤドランカのお墓の様子、現地の桜、訪れた民族音楽学校での写真を送っていただきました。

中島由美さんによれば、地元ではヤドランカがまだまだ尊敬され愛されていることがよくわかったとのことでした。
日本でも祖国でも、世界中で彼女はずっと愛され続けています。

ヤドランカお誕生日おめでとう!
いつまでもありがとう!あなたとの思い出、あなたの音楽が
今も皆の心を温かくしています。

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民族音楽学校

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桜の木の下で

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ヤドランカのお墓参り



【2018.12.31更新】

書家 和田華仙氏よりバニャルカからのご報告

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平和友好活動でバニャルカもご訪問された書家の和田華仙氏に
生前ヤドランカからスタッフが託されていた品を
展示コーナーに届けていただきました。
ヤドランカの彫像と鹿児島県からヤドランカに送られた感謝状です。
彫像は木彫りに着色されたもので、ヤドランカが美大を卒業した時の記念品とのこと。
感謝状は内戦が勃発した祖国の平和を願ってヤドランカが描いた絵が
鹿児島県立美術館に出品された際に、彼女に贈られた感謝状です。
和田氏と平和友好活動のメンバーの方々はヤドランカのお墓参りもしてくださいました。

詳細は和田氏のサイトでもご覧いただけます。

HP https://www.shodoushoiku.jp/
Facebook https://www.facebook.com/wadakasen


【2018.12.31更新】

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ日本伝統文化平和友好活動

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世界遺産 スタリモストの前で


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マリモストでの書のワークショップ

11月5日より11日まで「和プロジェクトTAISHI」のメンバーで書家の和田華仙氏をはじめとする日本の伝統文化の担い手の方々12名が、ボスニア・ヘルツェゴヴィナを含む二か国六都市をご訪問されました。
在日ボスニア・ヘルツェゴヴィナ大使館の公認アンバサダーとしての平和友好活動で、現地で書の揮毫、日舞、法螺貝吹鳴、切り絵贈呈等のワークショップを展開されたそうです。
以前このホームページでもご紹介したモスタルにあるスポーツアカデミー、マリモストやバニャルカのヤドランカのお墓、RTRS(セルビア人共和国ラジオテレビ局)にある展示コーナーもご訪問されました。

詳細は氏の下記サイトを是非ご参照ください。
ボスニアの写真や現地での充実した平和友好活動がご紹介されていて
とても興味深いです。

HP https://www.shodoushoiku.jp/

Facebook https://www.facebook.com/wadakasen




【2018.9.21更新】

ヤドランカに逢いに…今年も

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Rimi Theodora Watanabeさんより
ヤドランカの眠るバニャルカへ今年も日本からお墓参りに行かれたと
メールをいただきました。
ご本人にご了解いただきメールの一部と写真をご紹介いたします

「今年もまた逢いに来ました。
と小声で呟きながら、お花を手向けて参りました。
道中、1つ手前のバス停辺りで犬(チューコ)と目が合いました。
気にもとめず駐車場で車から降りると、犬が!
あそこから走ってきたの?!と話すと
鼻でトンと私の足をトンと突き。
一緒にお墓参りをして、帰るよ!と言うと、
また鼻先でトンと突きゲートまで一緒に歩き別れました。
犬の目的はヤドランカさんのお墓参りだったんです。
・・・不思議でした。」(以上 原文抜粋)

Rimi さんと犬の心と心が通じ合ったひととき。
その光景を見ていたであろうヤドランカの優しいまなざしを感じます。
ヤドランカには少女のようなピュアな面があり動物とも心で会話をする人でした。
きっとRimiさんをエスコートするように伝えていたのではないでしょうか…。

Rimiさんから届いた写真、皆さんもどうぞご覧ください。
ヤドランカのお墓には新たに日本の音楽仲間達からの石版が設置されております。

ヤドランカを知る人は皆彼女を忘れることはないのです。
どんなに遠くても。どんなに離れていても。

Rimiさん、綺麗なお花を届けてくださってありがとうございました。

※その他の写真




【2018.7.27更新】

元サッカー日本代表 ガンバ大阪監督、宮本恒靖氏が
モスタルに設立した子供達の為のスポーツアカデミー“マリモスト”

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https://little-bridge.net

https://facebook.com/littlebridgejapan

民族紛争の激戦地だったモスタルに、スポーツを通して民族融和を実現しようと
元サッカー日本代表主将で、先日ガンバ大阪監督に就任された宮本恒靖氏が設立した子供達のためのスポーツ・アカデミー、マリモスト(小さな橋)。
2016年の10月に開校し、facebook等でもその活動が報告されています。
この夏、日本の子供達が現地に向かい交流を深めています。
モスタルはヤドランカが2006年に世界遺産・平和コンサートを行った町。
ヤドランカが生きていたらマリモストの活動をきっと応援したことでしょう。

*NPO法人Little Bridgeは宮本恒靖氏が発起人となり設立され、
スポーツを通した国際貢献を目的に活動しています。          
コラム「世界遺産スタリモストと宮本恒靖氏の活動マリモスト」も合わせてご覧ください。




【2018.7.24更新】

今日7月24日はヤドランカのお誕生日
「ヤドランカ!お誕生日おめでとう」この気持ちを天国に届けます。



ヤドランカは1950年7月24日にサラエヴォで生まれました。
亡くなって二年余りが過ぎましたが
今も祖国旧ユーゴの国々で、そして日本で、
ヤドランカの全てを包み込む優しさと彼女の遺した作品を愛してやまない人が大勢います。

ヤドランカの音楽は生き続け、今、まさに新たな出会いも生まれています。
65年の人生を生きて、彼女が遺したものの大きさを改めて感じます。

写真はヤドランカと長年にわたる友人であった写真家の広川泰士氏が
撮影し追悼盤「フヴァーラ〜ありがとうHvalaヤドランカ・ベスト」の
ブックレット等にも使わせていただいているものです。
広川さんがヤドランカを撮った写真は数多くあり、どの写真もヤドランカ自身の
しなやかな強さと優しさ、そして音楽に対する歓びを感じさせるものです。
これは珍しく楽器を持たないヤドランカのジャケット用写真の中の貴重な一枚。

現在、広川泰士写真展「Portraits」が
東京工芸大学 写大ギャラリー(東京 最寄駅:丸の内線中野坂上)で開催中。
入場無料。8月12日まで(10時〜20時)
日本の田舎で巡りあった人々が被写体となったシリーズや、家族の肖像シリーズ、被災地福島の人々を撮ったものなどが展示されています。ヤドランカの写真はありませんが、ヤドランカ自身が全幅の信頼を寄せていた広川泰士氏の被写体への眼差しと才能を体感できる写真展です。

http://www.shadai.t-kougei.ac.jp/




【2018.6.4更新】

ALSの原因を細胞内から取り除く抗体開発!

先週、各社のニュースで滋賀医科大学が京都大学、慶応義塾大学と共同でALS(筋萎縮性側索硬化症)の原因物質を除去する抗体を開発したと報道されました。 ALSの根治に向かう大きな前進です。
開発者の方々の素晴らしい研究成果に心から感謝し、多くの患者さんに少しでも早く治療薬が完成し届くことを祈ります。
薬の開発に希望を捨てていなかったヤドランカも天国できっとそう思っていることでしょう。



【2018.5.2更新】

ヤドランカが亡くなって二年。
彼女の音楽を今も愛するファンの方々がいます。
彼女のことを思い続けるたくさんの友がいます。
ヤドランカの類い稀な才能と、どこまでも大きくて優しいその人柄を これからもこのホームページで伝え続けてまいります。

写真は昨年秋、ボスニア・ヘルツェゴビナのバニャルカにある ヤドランカの常設展示コーナー(RTRSセルビア人共和国ラジオテレビ局内) を訪れたRimi Theodora Watanabeさんが撮影したものの一部です。



コラムも連休明けに再開いたしますので どうぞよろしくお願いいたします。

ヤドランカWEBスタッフ



NHKみんなのうた「誰かがサズを弾いていた」再放送♪

【2017.9.14更新】




現在「NHKみんなのうた」でヤドランカの「誰かがサズを弾いていた」が8月から再放送され、多くの方から反響をいただいております。9月末までの放送です。

総合テレビ 水曜日 16:15〜16:20
Eテレ    木曜日 12:55〜13:00
ラジオ第二放送 水・土曜日 16:25〜16:30

http://www.nhk.or.jp/minna/songs/MIN201104_02/



ヤドランカの常設展示コーナーが開設されました!

【2017.7.28更新】



https://youtu.be/Kz6p7yF-qVA


その他の写真はコチラ

7月24日、ボスニア・ヘルツェゴビナのバニャルカにある
RTRS(セルビア人共和国ラジオテレビ局)にヤドランカの常設展示コーナーが
開設されました。
ヤドランカの写真やアートワーク、楽器などが展示されています。

日本のテレビ番組で長山洋子さんと「アマリア」をコラボした際の写真や
薩摩琵琶奏者の坂田美子さんの写真をコラージュした絵画作品、
追悼アルバム「Hvalaフヴァーラ〜ありがとうヤドランカ・ベスト」も展示されています。



掲載情報

【2017.7.18更新】



●NHKテキスト「みんなのうた2017年8・9月号」に
「誰かがサズを弾いていた」の楽譜と歌詞が掲載!


本日7月18日発売のNHKテキスト「みんなのうた2017年8・9月号」に
「誰かがサズを弾いていた」の楽譜と歌詞が掲載されています。

演出家で元NHKエンタープライズ「みんなのうた」担当エグゼクティブ・プロデューサーの川崎龍彦氏による“みんなのうた探検記”ではヤドランカとの出会いや、作品について書かれています。

NHK出版 みんなのうたテキスト



バニャルカの町並み(Rimi Theodora Watanabe さん撮影)

【2017.6.19更新】



その他の写真はコチラ


バニャルカ(Banja Luka)はボスニア・ヘルツェゴヴィナの西北部にある同国で2番目に
大きな都市ですが日本から遠く、ヤドランカファンの多くの方がどんな町だろうと
ご興味を持たれていると思います。
先月ヤドランカのお墓を訪ねられたRimi Theodora Watanabeさんに、
バニャルカの町並みや、観光ガイドには載っていないような何気ないスナップ写真も、
差支えない範囲で送っていただけないかお願いしたところ、
何枚かの写真をお送りくださいました。
5月の19日の夕方から26日の昼までに撮影されたものとのこと。
バニャルカへはセルビア共和国の首都ベオグラードからバスで国境を越えられたそうです。
バスステーションとチケットの写真も送ってくださいました。
最後にRimi Theodora Watanabe さんの言葉を皆さんにお伝えいたします。
「私には母の想い出と共にヤドランカさんの唄声があります。
そしてヤドランカさんの唄声が似合う、バルカン半島でした」



Rimi Theodora Watanabeさんからのご報告

【2017.6.16更新】



その他の写真はコチラ


ヤドランカのファンのRimi Theodora Watanabeさんから
先月26日にヤドランカのお墓へ行かれた際、当H.P.にメールをいただきました。
ご本人のご了解を得て、ヤドランカの眠るバニャルカのお墓の写真と共に
メールをご紹介させていただきます。

「私の母は生前ヤドランカさんの歌声を聴きながら、涙していた事を覚えています。
私の家は昔ながらの喫茶店で、ジュークボックスが置いてありました。
命日には間に合いませんでしたが、昨日お花を手に会いにゆきました。
スタッフの皆さん、何時迄もホームページを更新して頂き、ありがとうございます」

親子二代にわたって、ヤドランカの歌が、その声が愛されている。
それはとても素敵なことだと思います。
Rimi Theodora Watanabe さん、当ホームページへのご連絡ありがとうございました。



ヤドランカへのオマージュ
松田美緒さんが歌う「アンジョ/マナ」

【2017.5.30更新】




先週の金曜日、下北沢で松田美緒さんのアルバム「エーラ」の発売記念ライブがありました。
アルバムには地中海全域の歌が中心に収められています。
ライブではヤドランカへのオマージュとして収録されている「アンジョ/マナ」も歌われました。
ヤドランカは2008年にスペインで“地中海の歌姫10人”のうちの一人に選ばれています。
光の中で空と海の青が溶け合うような松田美緒さんの地中海世界は、
彼女もまさにディーバであると感じさせるものでした。

ヤドランカもそこに居た。
そんな感じのするライブでした。



お墓参りのご報告

【2017.5.16更新】



ヤドランカと親交の深かった清水美穂さんが、先日ボスニア・ヘルツェゴヴィナのバニャルカへ
お墓参りに行った写真を送ってくださいました。
5月のバニャルカは日差しがとても眩しかったそうです。



ヤドランカのお墓

【2017.5.9更新】





ボスニアのバニャルカにあるヤドランカのお墓です。

ヤドランカの友人ブランカさんが命日5月3日に撮った写真を送ってくださいました。

お墓にはヤドランカが日本で元気に活躍していた頃、ファンの方からプレゼントされた
石のプレートが設置されています。

「これお墓に飾るんだって。な〜に考えてんだか」

そう言って当時、ヤドランカは大笑いしていたそうです。
まさか、その頃は自分が病に倒れるなんて想像もしていなかったでしょう。

この贈り物をヤドランカは大事に持っていて、2011年、一時のつもりで日本を発つ際に
友人に預けて行きました。
そして、昨年日本とボスニア、両国の友人の手でご遺族の元に届けられたのです。

残念ながら、ヤドランカ亡き今、このプレートを贈ってくださった方が
どなたなのか分からないのですが、はるばる日本から再びヤドランカの元に渡ってきた
このプレートを見て、天国のヤドランカは嬉しく思っているはずです。
そして日本のことや、その方のことを思い出していることでしょう。



ヤドランカが亡くなって一年

【2017.5.2更新】


その他の写真はコチラ


明日5月3日はヤドランカの命日です。
彼女の精神と遺した芸術は消えることはないでしょう。
その高い志と強さ、誰をも包み込む優しさを私達は忘れない。

昨年、5月9日にボスニア・ヘルツェゴビナのバニャ・ルカで執り行われた
追悼式と葬儀の写真をご紹介します。
この写真は在ボスニア・ヘルツェゴビナ大使館の香高さんにご紹介いただいた
日本への留学経験もあるスザナさんに後日、新たに送っていただいたものです。
ヤドランカの葬儀の際には現地情報のご提供など、お二人には大変ご尽力いただきました。
改めて感謝いたします。



松田美緒さんからヤドランカへのオマージュ

【2017.5.1更新】




ヤドランカが旅立ってから一年がたとうとしています。
改めて彼女が遺していったものの大きさを感じます。

4月19日発売のアルバム「エーラ」にヤドランカへのオマージュとして
「ANDJOアンジョ」と「MANAマナ」を収録された松田美緒さんから
いただいた言葉をここにご紹介します。

***************************************

Hvala, JADRANKA

アテネでレコーディング中に知らせが届いた。
胸のなかで懐かしいあの歌声が聴こえた。“Sto Te Nema”....
ヤドランカさんは、中学生の時に初めて長崎で観て、私の歌の原点になった人だった。
温かな声は歴史も自然も人の心もすべて内包して、絵も音楽も豊かで創造性そのもの。
コスモポリタンということを教えてくれた。うたは故郷と故郷をつなぐということも。
彼女の故郷を見たくて22歳の時にサラエボにも行った。内戦後の傷ついた町で、
仲良くなったミュージシャンのひとたちと明け方まで歌って踊った。
ヤドランカさんの歌をくちずさめば、すぐに誰とでも仲良くなれた。

彼女の「鮎かつぎ唄」「俳句」などの唄を聴いて、日本語の表現のイメージがぐんと広がった。
私が日本語のうたを探す原点もそこにあったと思う。
共演した思い出は宝物。
あなたは「マケドンスカ」ねえ、と言われたことも思い出す。マケドニア娘はバルカン半島で奔放で衝動的なイメージ。アレンジちゃんと考えなさいよ、とミュージシャンであることを教えてくれた。

今回、彼女がうたっていたマケドニアとブラジルの歌を録音した。
無限のキャンパスに世界中の愛のうたを描いたヤドランカさんへ、尊敬と感謝をこめて。
ヤドランカさんがいなかったらこんな歌を歌っていた私はなかった。
永遠にあなたの歌は胸にあります。

Ljubav
Mio


MIO MATSUDA official web site





掲載情報


【2017.4.25更新】


●音楽情報誌 月刊LATINA 5月号に松田美緒さんのインタビュー記事が掲載。

新アルバム「エーラ」にヤドランカへのオマージュとして
収録されたと「ANDJO」と「MANA」について松田さんは
「ヤドランカさんを知っている人だったら喜んでくれる曲じゃないかな…」と語っています。また、インタビュアーの真保みゆきさんは、この作品は地中海という”窓”を起点に言語の違う歌と歌、そのつながりをたぐり寄せていく松田美緒さんの歌世界の中でも白眉であると述べています。


LATINA Online




掲載情報


【2017.4.20更新】


●2017年4月20日発行のタワーレコードのフリーマガジンintoxicate Vol.127に最新アルバム「エーラ」についての松田美緒さんのインタビュー記事が掲載。
ヤドランカについて語られています。

栗本斉氏(旅・音楽ライタ―/選曲家)の、アルバム「エーラ」ではヤドランカに捧げたメドレーも印象に残るとの問いかけに松田美緒さんは、中学生の時に初めてコンサートを観て以来、ずっと影響を受け続けて来たことなどを語っています。


http://tower.jp/mag/intoxicate




松田美緒さんの最新アルバム「エーラ」
2017年4月19日発売!!
ヤドランカに捧げた作品2曲収録


【2017.4.18更新】


ヤドランカが古いマケドニア民謡を再構築した作品
「ANDJOアンジョ」のカヴァーと
ヤドランカも歌ったブラジル北東部に古くから伝わる歌
「MANA」が収録されています。

もうすぐ5月3日。ヤドランカが亡くなって一年がたとうとしています。
松田美緒さんのヤドランカへの思いは天国のヤドランカにも届くことでしょう。



[ → 詳細はこちら : more info.]



プログラムの写真はコチラ

『JASRAC ミュージック・ジャンクション 世界を旅する音楽 最終回』に於いてヤドランカの映像が紹介されニコニコ生放送で中継されました。


【2017.2.7更新】


2017年1月27日(金)JASRACけやきホールにて
『JASRAC ミュージック・ジャンクション 世界を旅する音楽 吟遊詩人の旅 ウクライナの音楽と文学』が開催されました。

ミュージック・ジャンクション ワールド・ミュージックのシリーズは今回が最終回でした。



[ → 詳細はこちら : more info.]



掲載記事はコチラ


ヤドランカの個展に訪れたオシム夫妻
「アドリア海のおはよう波」より
ヤドランカの友人イヴィチャ・オシム氏が
旭日小綬章を受章


【2016.12.15更新】


今年の秋、ヤドランカの友人でサッカー元日本代表監督イヴィチャ・オシム氏が旭日小綬章を受章されました。
12月10日サラエボのオスロボジェーニ紙に日本大使館での贈呈式の記事が掲載されました。

オシムさんは奥様のアシマさんと一緒によく日本でのヤドランカのコンサートや 個展にみえていました。
互いに日本を愛した者同志。
受章を天国のヤドランカも祝福していることでしょう。

ヤドランカともオシムさんとも親交の深い国際ジャーナリストの千田善さんがご自身のfacebookに載せた記事の要約をご紹介します。





[ → 詳細はこちら : more info.]




※岩手日報(2016年7月30日掲載)
掲載情報


【2016.8.25更新】

●2016年7月20日に共同通信から配信されたヤドランカの追悼記事「追悼メモリアル」の掲載記事と掲載紙情報を改めてお知らせします。

7月27日…………河北新報
7月29日…………新潟日報
7月30日…………知新聞
7月30日…………岩手日報
7月30日…………長崎新聞
7月30日…………東奥日報
7月30日…………東京新聞
7月30日…………神戸新聞
7月30日……山梨日日新聞
7月30日……中日新聞夕刊
7月31日…………佐賀新聞
8月01日…………岐阜新聞
8月01日…………愛媛新聞
8月01日……大分合同新聞
8月20日…………四国新聞
8月22日………北日本新聞
9月01日…………埼玉新聞




掲載情報


【2016.8.24更新】

●2016年8月20日発行のタワーレコードのフリーマガジンintoxicate Vol.123に北中正和氏による〜包容力のある優しい歌たち 偉大なるシンガー・ソング・ライター最後のベスト〜と題された「Hvalaフヴァーラ〜ありがとうヤドランカ・ベスト」の記事が掲載されています。

文中、北中氏はヤドランカの音楽の魅力は限りなく優美な歌声にあったとお書きになっています。
氏の書かれたようにヤドランカの声は、類まれなるものでした。
波乱に満ちた人生を生き抜き、それでも変わらないヤドランカの包み込むような声。「Hvalaフヴァーラ」彼女の遺した声を多くの人に聴いていただきたいと思います。

http://tower.jp/mag/intoxicate


掲載情報

【2016.8.23更新】

●ステレオ9月号 増渕英紀氏による今月の話題盤[日本のポピュラー]に「Hvalaフヴァーラ 〜ありがとうヤドランカ・ベスト」が好意的に紹介されています。

http://www.ongakunotomo.co.jp/magazine/stereo/



イヴィツァ・オシム氏からのメッセージ

【2016.8.9更新】

7月21日から4日間開催された「ありがとうヤドランカ展」の初日、 ヤドランカを偲ぶ追悼セレモニーが執り行われました。

セレモニーには、元サッカー日本代表監督のイヴィツァ・オシムさんから 追悼文が寄せられ、オシムさんの通訳をされていた国際ジャーナリストの千田善さんが、日本語に訳し読みあげてくださいました。

ここに全文をご紹介いたします。


<イヴィツァ・オシム氏からのメッセージ>

お別れの会にお集まりの日本の友人のみなさま
人間の死は誰にもやって来ますが、ふだん、そのことは忘れています。死は突然訪れて、私たちを驚かせます。しかし、ヤドランカほど多くの人びとを悲しませたものは、めったにないでしょう。私自身、自分よりも若い友人の訃報に大きな衝撃を受けました。
サラエボ生まれの私は、同じサラエボ生まれのヤドランカと、故郷を遠く離れた日本で親しくなりました。不思議で、そして幸運な縁を感じます。 ヤドランカの死は大きな損失です。日本にとっても、ボスニアをはじめとする旧ユーゴスラビアにとっても、本当に惜しい人を失いました。
サッカーを例に出すまでもなく、外国人の誰もが日本で受け入れられ、成功するわけではありません。彼女は日本のファンと仲間たち、友人たちから愛されました。彼女も日本を愛し、日本とヤドランカは「両想い」の関係でした。
このたび、彼女にとってボスニアに次ぐ第二の故郷といえる日本で、お別れの会が開かれるということは、ヤドランカがいかに愛されていたかの証明です。
日本の友人のみなさまに、心からのごあいさつを申し上げます。
ヤドランカよ、安らかに!

(2016年7月、オーストリア・グラーツ市より、イヴィツァ・オシム)



掲載情報

【2016.8.8更新】

お知らせする日付が前後してしまいましたが、以下の新聞にもヤドランカについての記事が掲載されました。

●2016年6月3日 しんぶん赤旗にかつてヤドランカの通訳を務めたこともある田代忠利さんによる「ヤドランカさんをしのぶ」と題した追悼記事が掲載されました。ヤドランカの初来日時に彼女と共に浮世絵美術館を訪れた際のエピソード等が書かれています。

●2016年6月15日 日本とユーラシア誌(発行日本ユーラシア協会)に作家の渡辺一枝(わたなべいちえ)さんによる「人柄に惹かれた私」と題したヤドランカを偲ぶ記事が掲載されました。初めて訪れたヤドランカのライブで、彼女の声が心に響き、この歌にこの声に出逢えてよかったと感じたこと、そして親しくなるにつれヤドランカの人柄にも惹かれていったことが書かれています。




ヤドランカ遺影と供花

撮影:広川泰士さん
  全体デザイン:岡島太郎さん
7月21日〜24日まで開催された「ありがとうヤドランカ展」の写真をご紹介いたします!


【2016.8.3更新】


●2016年7月21日の模様はコチラ!

●2016年7月22日〜24日の模様はコチラ!




記事配信のお知らせ


【2016.7.29更新】

セルビアの公共サービス(旧国営)機関であるテレビ・ラジオ局「RTS」のウェブブページに「ありがとうヤドランカ展」のことが掲載されました。

記事には、ヤドランカを弔い、感謝を表すための展覧会&ライブ「ありがとうヤドランカ展」が4日間にわたって東京で行われ、大勢のお客さんが訪れたということ。

その他にヤドランカの生涯と音楽活動、日本に来たきっかけ、日本での活躍と実績、ヤドランカが日本を離れても彼女の日本語のウェブサイトが更新されていること。日本にもファンがいることなどが書かれています。




[ → 記事はコチラ]


「ありがとうヤドランカ展」にご来場くださった皆様へ

【2016.7.25更新】
7月21日〜24日までの4日間、多くの方にご来場いただきました。
ヤドランカが遺した絵、そして彼女の友人のアーティストや研究者の方々によるライブやトークを楽しんでいただきました。

遠くから駆けつけてくださったファンの方、お花を届けてくださった方、
いろいろなヤドランカへの思いをメッセージに残してくださった方、
追悼盤「Hvalaフヴァーラ 〜ありがとう」をご購入くださった方、
皆さまの温かい気持ちはきっと天国のヤドランカに届いていることでしょう。

また、旧ユーゴ各国大使館の大使や関係者の方々もお越しくださって、
ヤドランカのことをお話しくださり、彼女が祖国の人達にどれほど愛されていたのかを改めて実感いたしました。
音楽業界、マスコミ関係の方も数多くお集まりくださって感謝しております。

国と国、民族と民族を繋いできた平和の象徴とも言えるヤドランカはこの日本でも人と人とを繋いでくれました。
ヤドランカの優しさを、その才能をみんなで分かち合いたいと手弁当で仲間が集まり、
この「ありがとうヤドランカ展」が開催できたのも多くの方々が助けてくださったから。
ファンの皆様の熱い思いがあったから。
皆さま本当にありがとうございました。Hvala!!

私達はこれからもヤドランカの素晴らしさを日本で広めてゆくために活動してまいります。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

                        
2016年7月25日
「ありがとうヤドランカ展」実行委員会一同


追悼アルバム「Hvala フヴァーラ 〜ありがとう ヤドランカ・ベスト」2016年7月20日緊急リリース!

【2016.7.7更新】



2016年7月20日(水)日本コロムビアより、
追悼盤としてヤドランカの代表作をメーカーを超えて編成し緊急リリースいたします!

「ありがとう ヤドランカ展」の会場でも販売いたします。
会場P3サイト↓
http://p3.org/JAPAN/2016/06/jadranka20160721/



「ありがとう ヤドランカ展」開催決定!

【2016.6.24更新】

「ありがとう ヤドランカ展」(入場無料)
開催日:2016年7月21日(木)〜24日(日)
会場:P3 art and environment(新宿区四谷4-34-1新宿御苑前アネックスビル1F)
※その他詳細はこちらのフライヤーをご覧ください。

ヤドランカのお別れ会を兼ねた展覧会とライブを開催いたします。
この「ありがとう ヤドランカ展」はヤドランカの友人や音楽仲間の間から自然発生的に日本で彼女のお別れ会をしようという声があがり、開催されることになりました。

会場では画家でもあったヤドランカの絵画作品の展示をいたします。
また、親しかったミュージシャンの皆さんによるライブやトークショーも予定されています。
多くの方々のご来場をお待ちしております!



5月9日のヤドランカの国葬の模様が現地の新聞(独立新聞)に掲載されました。

【2016.6.21更新】
〜ヤドランカよ 永遠に〜

5月9日のヤドランカの国葬の模様です。
ヤドランカの友人である一橋大学名誉教授の中島由美先生が 5月末からボスニアに行かれ、先日帰国した際、お持ち帰りになった 現地の新聞(独立新聞)をスタッフに見せてくださいました・・・



[ → 詳細はこちら : more info.]


ヤドランカの追悼式で読み上げられた湯川れい子さんの追悼文

【2016.5.18更新】
5月9日、バニャルカでのヤドランカの葬儀前に行われた追悼式で、
日本の友人代表として湯川れい子さん(音楽評論家・作詞家)の追悼文が読みあげられました。
湯川さんは個人名でなく、「日本のファンより」としてヤドランカの葬儀にお花も贈ってくださいました。
お花を遠いボスニアへ送りたくても送るすべのない多くのファンの気持ちがヤドランカにも届いたことと思います。

Jadranka.
We Japan loved you.
Still we love you and are missing you so much !!
We love you forever more.
RIP
from Reiko Yukawa



音楽仲間から追悼式に送った追悼文

【2016.5.18更新】
ヤドランカの訃報が日本のスタッフに届いたのは連休中のことでした。
連絡のとれない方も多く、私達スタッフは時間の無い中、音楽仲間から寄せられた追悼文をボスニア語に訳しバニャルカでの追悼式に送りました。
全部ではありませんが掲載させていただきます。(敬称略 五十音順)


89年、来日最初のアルバム「信じているの」を一緒にレコーディングできたことは、
僕の音楽人生の中での誇りです。
そしてあなたの作品、歌声は僕にとって永遠のものです。
どうか安らかに眠ってください。国吉良一(作曲家 編曲家)

ヤドランカさんほど深い声の持ち主を、私は知りません。
その声を聴くと、緊張していた体も心も、ふううっと温かく軽くなります。
なんという素晴らしい声。
同じ歌手でありながら、私はいつもヤドランカさんがうらやましかったのです。
私も、あんな声だったら、どんなにステキだろう。
いいえ、素晴らしいのは声だけではなかったのです。
ヤドランカさんは、本当に広く大きく深い心を持った人でした。
彼女の名前の通りアドリア海の青の深さのような人でした。
「クミコもこっちにきて、一緒に唄いましょう」
電話で、そういってくれたヤドランカさんの声が、私にとって彼女の最後の声になりました。残念で悲しくてしかたありません。
今は、彼女と一緒に唄った「一日がもっと長ければ」を一人で口ずさんでいます。
ヤドランカさん、本当にありがとう。
あなたと会えたことは、私の人生の大きな喜びです。クミコ(歌手)

ヤドランカさん、はじめてお会いした時から、僕の母のように思っておりました。何処までも心を開くこと、その優しさの向こう側で、ようやく誰かと出会えることを、教えてくれたのはあなたでした。また会えると思っていました。病室から電話をかけてくれたとき、直ぐに飛んで行けばよかった。サラエボに戻られる際、託してくださったサズ、大事にします。つま弾く度に、あなたの優しい歌声が聴こえてきます。素朴でありなさい、素直でありなさい、あなたの一番いい心を使いなさい、いつも応援しているよと、伝えてくれます。ヤドランカさん、ありがとう。
いつも通り、頬にキスをして、アディオス!またね。高木正勝(映像作家 音楽家)

ある春の日、ヤドランカさんの家に行くと
「あゆみさん、すみれの花が咲いたよ!」と嬉しそうに言いました。
ヤドランカさんがベランダで育てていたすみれが咲いたその日は、彼女の亡くなったお母さんのお誕生日でした。お母さんの名前はリュビッツァ。日本語ですみれという意味です。私たちは「LJUBICAすみれ」という歌を一緒に作りました。
日本にいてもヤドランカさんは遠い祖国を思い、お母さんとの思い出を大事にしていました。
ヤドランカさん、いつもみんなをその声でその優しさで包んでくれてありがとう!
今は天国でお母さんに甘えてね。友利歩未(作詞家)

ヤドランカさんとは、一緒に沢山の音楽を作りましたが、
中でもNHKスペシャル「ローマ帝国」のメインテーマや同番組の挿入楽曲「宿命」
における彼女の歌声は、世界中で唯一と言える独特の世界観を表現しており秀逸でした。
あの独特の歌い回しを伴った誰にも代え難い魅力的な歌声をもう生で聞く事が出来ないと思うと悲しみが溢れてきます。
彼女とこの日本の地で出会い、私の音楽に命を与えてくれた事に心より深く感謝します。
渡辺俊幸(作曲家 編曲家)  



ヤドランカのお墓の写真がボスニアより届きました。

【2016.5.12更新】
ファンの方々へ

たくさんのファンの方々、アーティストの方々からお悔やみをいただいております。ヤドランカに代わり御礼申し上げます。 ・・・



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サラエボにおける追悼式の模様です。

【2016.5.10更新】
亜5月7日(土)サラエボの国立劇場で作曲家協会主催の追悼式が行われました。
舞台に設置された彼女の写真は白いバラに包まれギターが置かれていました。 ・・・



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ヤドランカのバニャルカでの葬儀の模様です。

【2016.5.10更新】
5月9日(月)バニャルカで追悼式と葬儀が行われました。
現地日本大使館からのご報告ではスルプスカ共和国(セルビア人共和国)の大統領も参列し、多くの人々がヤドランカを偲んだとのことです。 ・・・



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ファンの方々へ

多くの方からヤドランカを悼む声が届いております。
ヤドランカもきっと喜んでいることでしょう。

ヤドランカの葬儀に関する情報がボスニアの日本大使館より入りました。
9日(月)にバニャルカでメモリアルと葬儀があるとお伝えしておりましたが、
7日(土)にもサラエボでメモリアルがあるそうです。
詳細は以下の通りです。

7日 13:30 サラエボ 作曲家協会主催追悼式 
小川和也日本国大使出席(追悼の言葉を述べます)

9日 11:00 バニャ・ルカ 追悼式 宮ア和政参事官出席(追悼の言葉を述べる予定)
14:00 バニャ・ルカ 葬儀 宮ア和政参事官出席

日本の大使館からも大使や次席の方々が参列されるようです。
ちなみに現地関係者からの情報によると9日の追悼式と葬儀に備え、8日はリハーサルをするそうです。
旧ユーゴの国民的な歌手であったヤドランカは、この日本を愛しそして多くのファンや音楽仲間に愛されていました。
どうぞこれからもヤドランカが、そして彼女の音楽が愛され続けますよう。

                        
2016年5月7日    
ヤドランカ スタッフ一同


ボスニア、セルビアでヤドランカの半生記が出版されました。

昨年秋にボスニア、そしてセルビアでヤドランカのDVD付半生記『音の色』が出版されました。
この本は作者のミルカ・チェルミジッチさんがヤドランカにインタビューして、ヤドランカの47年にわたるアート生活について書いたものです。
本の売り上げはALSで闘病中のヤドランカの治療費に提供されるそうです。・・・・


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ヤドランカの最新ベストアルバム

クロアチアレコーズより今年3月に発売されました。
先日のセルビアでのチャリティーコンサートでは
チケット購入者にプレゼントされました。

写真は日本のヤドランカの友人が現地で買ってきたものです。


[ →クロアチアレコーズ公式サイト]




ボスニアのTV番組 ヤドランカのトリビュートショー(2015.3.29)

ヤドランカの歌は祖国の人々に広く愛されています。


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ヤドランカ チャリティーコンサートと最新ベストアルバムのTVCM

2015年5月27日〜29日にセルビアのノヴィサドとベオグラードで開催された、ヤドランカのためのチャリティーコンサートと最新ベストアルバムのTVCMです。


[ → 詳細はこちら : more info.]



ヤドランカのためのチャリティーコンサート開催!

2015年5月27日セルビアのノヴィサド(ベオグラードに次ぐ第二の都市)の シナゴーグでヤドランカのチャリティーコンサートがありました。

ちなみにこのシナゴーグとは1909年に建築されたユダヤ教の教会ですが、現在では宗教 的な役割はなくコンサート会場として使われています。

このチャリティーコンサートはヤドランカの為に彼女の友人のアーティストたちが 出演しました。 ・・・



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Message from Jadranka



ヤドランカからのメッセージです。






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Message from Jadranka(2014.11.21)

先月末、ヤドランカの友人であり音楽仲間でもある薩摩琵琶奏者坂田美子さんと日本で家族ぐるみで仲が良かった岡島アルマさんがボスニアのヤドランカを訪ねてきました。

病気は進行してはいますが、ヤドランカは前向きで希望を失ってはいません。

日本食のお土産をとても喜んでくれたとのことです。





雑誌「AERA」(2014.11.24)にジャーナリスト木村元彦氏の ヤドランカへのインタビュー記事が掲載!

「〜歌姫ヤドランカの日本への思い〜 ありがとうを言いたい」

現在発売中の「AERA」(2014.11.24)にジャーナリスト木村元彦氏の ヤドランカへのインタビュー記事が掲載されています。
ヤドランカの日本への思いが伝わってくる内容です。


[ →雑誌「AERA」ホームページ]




ok. love yadoran yori minna ni kiss

このホームページを通して
ヤドランカへ温かいメッセージをくださった方々へ
応援してくださっている皆様へ
ヤドランカ本人からの感謝の気持ちをお伝えします。

現在ヤドランカはALSと闘いながらも、諦めることなく
ボスニアでアーティスト活動を続けております。
また、自身が闘病中でありながらも今年5月にバルカン半島を襲った
未曽有の大洪水の被災者に対しても何かできないかと心を痛めております。

今後ともヤドランカをどうぞよろしくお願いいたします。


2014.7.29
ヤドランカWeb担当より



NHK「みんなのうた」<リクエスト枠>でヤドランカの「誰かがサズを弾いていた」が放送!

2011年4月5月に放送されて以来、NHKにたくさんの視聴者の方からリクエストがあり再び放送されることになりました。 日本を代表するイラストレーター、グラフィックデザイナーの一人である宇野亜喜良さんの素晴らしい映像世界とともに、ヤドランカの歌をどうぞお楽しみください。

「みんなのうた」<リクエスト枠>

2013年10月・11月放送分
NHK Eテレ 毎週土曜日20時55分〜21時
放送日:2013年10月19日、11月16日
放送曲:ヤドランカ「誰かがサズを弾いていた」
作詞 友利歩未
作曲 ヤドランカ
編曲 渡辺俊幸


[ → 詳細はこちら : NHK「みんなのうた」]



セルビアの主要新聞「Novosti」社の記者たちが、ヤドランカの誕生日をお祝い!

2013年7月24日はヤドランカの誕生日でした。

セルビアの主要新聞「Novosti」社の記者たちが、バニャルカに滞在する彼女を訪ねお祝いをしたそうです。
困難な状況にありながら明るい笑顔で迎えるヤドランカに対し、記者は大きな力と強い意志を感じたと伝えています。
ヤドランカは次のように語っています。
「たくさんの方にお祝いしていただき ・・・・


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クロアチアのインタビュー番組「ダミンギャンビット ショー」にヤドランカが出演!

2013年2月25日放送のクロアチアのインタビュー番組「ダミンギャンビット ショー」にヤドランカが出演しました。 この番組は「成功した女性・活躍している女性」にインタビューする人気番組です。 日本で例えるなら女性だけをゲストに呼ぶ「徹子の部屋」のような感じでしょうか。
インタビュアーのエリザベータ・ゴヤンは有名なインタビュアーで番組は 旧ユーゴ全域で放送されています。 番組でヤドランカは現在のボスニアでのアーティスト活動について述べるとともに・・・・


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地元新聞紙にヤドランカの記事が掲載!

2013年1月20日のボスニアの新聞(デイリーavaz)に掲載された記事です。
ヤドランカはバニャルカ(ボスニア)にある医療施設で治療の合間にインタビューを受けました。

彼女は2009年秋頃から脚に異常を感じ運動ニューロン疾患と診断されました。

ヤドランカ『病気は怖いけれど 麻痺がお腹より上に進行しないよう神様に祈っています。毎日 歩行器を使ってリハビリしています』

彼女は仕事にも前向きでRTRS(セルビア人共和国ラジオテレビ局)で音楽プロデューサーとしても活躍していること、日本のミュージシャンとのことを語って・・・


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セルビアのインタビュー番組「TVの顔」にヤドランカが出演!

セルビアの「TVの顔」というインタビュー番組です。
2012年11月10日に放送されたものです。

ボスニア北部の保養地バーニャスラティナ(温泉療養スパ)での収録です。ちなみに彼女は2013年6月現在バニャルカに滞在しています。

ヤドランカのリハビリをしながらの創作活動の一端をボスニアの保養地の風景と供に・・・



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Message from Jadranka

みなさん、お久しぶりです。ヤドランカです。 私は今、祖国ボスニア・ヘルツェゴビナに居ます。
2011年4月にクロアチアでの仕事の為、日本を出発しましたが以前から患っていた脚が悪化し、すぐには日本に戻れなくなりました。
今は車椅子を使っています。
こちらでリハビリなど治療しながら、・・・



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© 2018 JADRANKA.